.四肢強直
四肢強直の状況は、二つある。
一つは四肢の筋肉が強ばり硬くなり肢体を伸直して屈曲できない状態で、
二つ目は四肢関節が、ある種の原因でこわばり屈伸できない状體である。
早くも「内経」に強直の記載があり、その後歴代の文献にも、熱病や風病による強直症状が常に描かれている。多くは四肢強硬して伸直している。
その他に、痹痛が長く続き、筋脈が養われず、関節が固定して屈伸できなくなるのを、
四肢関節強直としている。本条は両方の状況を包括している。
湾曲と強直は同じではない。湾曲は、指や肢体が拘急して屈曲し、手足の肌肉は攣縮して伸展や屈曲ができないので、上述の四肢強直とは同じではない。
角弓反張は、頭項強直を指し、腰背は反折し、後屈して弓形になるもので、四肢強直とは異なる。
拘急した指と四肢の拘攣、収縮は、伸直ができず、上述の四肢強直とは同じではない。
四肢抽搐とは、抽は、収引で、搐は、牽動抽縮であり、四肢抽搐は四肢の抽動をさし、
四肢強直では、肢体が固定して活動できない点が非常に異なる。
風痰上擾の一症状(癇症のごとき)は、全身の抽搐の前に、常に先立ち四肢強直がある。肝鬱血虚では(臓躁のごとき)は、激しく怒った後に、常に肝気が心胸に上壅して四肢強直し、抽搐する。この二者の鑑別は、まさに四肢抽搐の条目で叙述されている。
温熱の病邪は、常に肝風を熱動し、四肢抽搐、強直、角弓反張をもたらす、
風溫、暑温、湿温などは、四肢抽搐のなかで鑑別している。
1,風寒湿阻絡四肢強直
多くは、痹痛が長く続き、四肢関節が強直して屈伸できなくなり、関節は固定し、肌肉は疼痛し、時には腫脹し、長くなると肌肉は痩せて細くなり、風気が勝る者は四肢にあちこち痛みが走り(竄痛ざんつう)、寒気が勝れば四肢は冷痛し固定痛で動かず、湿気が勝れば、重着し、重だるい痛みとなる。舌淡白、苔白で、じ苔(厚ぼったい舌苔)、脈沈弦で緊あるいは弦滑。
2,風邪入絡四肢強直
発熱して悪寒し、頭項強痛し、四肢強直し、骨節疼痛し、ひどければ角弓反張し口噤して口が開かない、舌苔白じ、脈弦緊。もし風熱あるいは風邪が化熱すれば高熱となり、舌紅、苔黄、脈数となる。
3.湿熱阻絡四肢強直
多くは、湿熱による痹痛を伴う。遷延して長くなると四肢強直し、四肢関節は屈伸できなくなり、関節は赤く腫れて疼痛し、足踝部の皮膚に多数の結節性紅斑が生じたり身熱し、首は包裹痛で、手足は怠く、長く続けば四肢の肌肉は痩せて細くなり関節は赤く腫れ上がり、舌辺は胖大となり、苔黄じ、脈弦滑数。
包裹痛ほうかつう:帽子をかぶったような頭痛の頭冒感ずぼうかんや頭重は、湿邪・湿滞・湿熱・痰飲の症状。
4,痰火動風四肢強直
多くは突然発症し、四肢は過度に伸直し、硬くこわばり屈曲できなくなり、頚項強直し、ならびに抽搐が長く続き、面紅で息が粗く、あるいは発熱する。神識は不清(意識障害)となり、喉に痰鳴あり、舌紅、舌苔黄じ、脈弦滑数。
5,肝陽化風四肢強直
もともと肝陽偏亢の症状があり、頭暈頭痛し、耳鳴眩暈し、心煩易怒で、面紅目赤などがある。たまに激発しては、突然舌がこわばり、言葉がでず、神識不清で呼吸が粗くなり、つづいて迅速に半身不遂や両側の上下肢が過度に伸直し、強直し、しかるに手腕は常に屈曲し、手指は握りしめ、または抽搐し続け、舌紅、脈弦数。
6、肝腎虧損四肢強直
頭暈目眩し、耳鳴は蝉の鳴く如くで、失眠健忘し、心煩易怒、泣いたり笑ったりを自制できず、神情呆滞、知能低下、癲や痴呆のごとくなり、ひどければ神識不清で、四肢は漸次強直し、飲み込みはむせるようになり、下肢は伸直して強直し、両手は屈曲し、意識障害となり眼は開いたままで、舌淡紅、脈弦細無力で尺脈は最も弱い。
7,血瘀気滞四肢強直
多くは、先に外傷や中毒があり、後遺症として四肢伸直して強直し、屈伸できない、眼は見開いたままで、神昏して人が判らず、言葉がいえず、二便は失禁し、ながくなると肌膚甲錯し、舌淡紅、舌に瘀斑あり、苔薄白、脈沈細渋、長くなると面白、自汗、舌淡白などの症状となる。
瘀血の症状の肌膚甲錯:慢性病で皮膚の乾燥が強く、触れるとおろし金のようにざらざらするのは「肌膚甲錯きふこうさく」で陰血不足・瘀血内結である。
8,陽気虚衰四肢強直
四肢強直、面色皓白、手足厥冷、神識不清、黙黙として語らず、眼はひらくが人を識別できない。四肢はときどきジュン動し、二便は失禁し、舌淡苔薄白にして潤、脈沈細渋結。
弁証論治
風寒湿阻絡と湿熱阻絡の二者は、同じく外邪が経絡に侵入した病である。
ながく病むと肢体は痹痛し、経絡の気血の運行不利となり、加えて疼痛のために肢体の活動ができないので、気血の瘀滞はさらにひどくなり、関節の周囲の筋脈は養いを失い、関節は強直し屈伸ができなくなる。
風寒湿邪を病む者は、四肢疼痛し、痛みは走り、竄痛し、あるいは重着して動かず、局部は腫脹するが赤くはならなず普通の皮膚の色である。
湿熱病邪を病む者は、灼熱して腫痛し、局部は赤く腫脹し、あるいは関節周囲に痛みを伴う結節性紅斑を生ずる。
風寒湿阻では舌淡白、胖大となり苔白じで、湿熱阻絡では脈は多く滑数である。
風寒湿阻では、二便は正常だが、湿熱阻絡では、多くは尿黄便秘である。
風寒湿阻絡で、風気が勝る者は、疏風通経活絡法を用い、防風湯加減とし、
寒気が勝る者は、温経散寒活絡法で、烏頭湯加減を用いる。
防風湯:袪風利湿・補血:防風 当帰 茯苓 杏仁 黄芩 秦艽 葛根 麻黄 甘草:
風邪が強い四肢の筋肉や関節の強直。
烏頭湯(金匱要略):寒痹:温経散寒・逐痹止痛:
烏頭(附子を使う) 麻黄 白芍 黄耆 甘草:寒湿凝滞の四肢の浮腫・腫脹・散寒除湿。
風寒湿阻絡で湿気が勝る者は、健脾利湿通絡法の薏苡仁湯加減を用いる。
薏苡仁湯:湿痹・健脾燥湿・袪風散寒:生米仁(薏苡仁)10 川芎3 当帰3 麻黄3 羗活3 独活3 桂枝2 防風3 川烏3 蒼朮3 甘草1.5 生姜二片:湿毒の膝腫痛・湿邪が強い四肢の筋肉や関節の強直。
湿熱阻絡の者は、清熱利湿通絡法を用い、加味二妙散を用いる。
加味二妙散:清熱滲湿・疏利関節:黄柏・蒼朮・牛膝・当帰・防已・萆薢ひかい・亀板:湿熱蘊結の膝の腫脹と疼痛:湿熱が経脈を停滞させている。
萆薢:ヤマノイモ科粉萆薢の地下根茎:苦平:肝胃経:袪風湿:頻尿・小児の尿失禁・膏淋・湿熱による痺痛:萆薢分清飲(前立腺炎):製品は無い。
風邪入絡四肢強直と風寒湿阻絡四肢強直は、前者は化熱が経絡だけに限定せず、臓腑にも侵入することがあり、風寒湿阻絡四肢強直では、多くは、肌表経絡に限定される。
風邪入絡四肢強直では、四肢強直のほかに、常に発熱悪風寒が見られ、頚項強直し、角弓反張、口噤不開、時々抽搐し、ひどければ神昏となる。しかし、風寒湿阻絡四肢強直ではわずかに四肢関節の疼痛だけである。
風邪入絡四肢強直には、清熱熄風法を用い、羚羊鈎藤湯あるいは、増液承気湯合玉真散加減とする。風寒湿阻絡四肢強直では、疏風、散寒、袪湿、通経活絡法で薏苡仁湯加減を用いている。
羚羊鈎藤湯れいようこうとうとう:肝陽化風に清熱熄風:羚羊角1れいようかく 釣藤鈎6ちょうとうこう 桑葉3そうよう 川貝母4せんばいも 竹筎4 生地黄6 白芍6 菊花4きくか 茯神3 炙甘草1:製品は無い。
増液承気湯:温病条辨:滋陰増液・通便泄熱:増液湯(玄参10 麦門冬8 生地黄8)に大黄3g 芒硝2gを加えたもの:発熱・熱感・腹満・腹痛・口や喉の乾燥・舌苔が焦黒で乾燥・脈沈細:製品は無い。
玉真散(外科正宗):南星 防風 白芷 天麻 羗活 白附子各等分を粉末1回1~3g熱酒で服用:破傷風、牙関緊急、身体強直腰背反張、狂犬病:止痙の強化に全蝎・蜈蚣・白僵蚕を加える。妊婦は禁忌:製品は無い。
痰火動風と肝陽化風四肢強直では、
痰火動風の者は、多くは素体が湿盛で、肥満気味で気虚であり、五志過極に遇うと化火して動風を生じ、痰火はともに巓頂に上衝する。
肝陽化風では、多くは素体が肝陽偏亢の症状があり、五志過極により強力に誘発され、血と気はならびて上に走る。
五志過極:喜・怒・憂・思・恐の過剰な精神活動をさす。
この類は一般に中風偏枯(脳卒中は半身不遂)の者とは同じではない。多くは両側の肢体に罹患し、病勢は凶猛であり、病人の頭痛は比較的重く、嘔吐し、迅速に昏迷に至る。
二者とも均しく四肢強直して屈曲が不能となる。
しかし、痰火動風四肢強直では、喉に痰鳴があり、舌紅苔黄じ、脈弦滑数である。
肝陽化風四肢強直では、面紅して息が粗く、舌紅苔黄燥で、脈弦数である。
痰火動風の者は、滌痰瀉火し涼営開竅に、まず安宮牛黄丸あるいは至宝丹を用い、つづいて清気化痰丸改め湯剤として加減する。
安宮牛黄丸(温病条辨うんびょうじょうべん)牛黄ごおう 鬱金うこん 犀角さいかく 黄芩 黄連 雄黄ゆうおう 山梔子 朱砂しゅさ 竜脳りゅうのう 麝香じゃこう 真珠:熱性陰虚の意識障害には使用しない。
清気化痰丸:医方考:栝楼仁 黄芩 茯苓 枳実 杏仁 陳皮 天南星 半夏 姜汁:
痰火動風の四肢強直の適用には安宮牛黄丸・至宝丹を用い、ついで清気化痰丸加減を煎剤として服用する:製品は無い。
痰火内閉の半身不遂:至宝丹から、冷羊鈎藤湯を用いる。
至宝丹:和剤局方:化濁開竅・清熱解毒:犀角30さいかく 玳瑁30たいまい 琥珀30 朱砂30 雄黄30 竜脳0.3 麝香0.3 安息香45 金箔50片 銀箔50片(製剤は無い)。
肝陽化風の者は、平肝潜陽し涼営開竅法として、まず安宮牛黄丸をもちい、再び羚羊鈎藤湯加減を用いる。
肝腎虧損四肢強直と血瘀気滞四肢強直では、
肝腎虧損四肢強直では、年老いて体が衰え、将息しょうそく(養生する)は宜きを失し、陰陽失調し、あるいは肝心の精が不足し、腎元が固まらず虚風内動によって四肢強直が生ずる。
血瘀気滞四肢強直では、多くは頭部外傷や出産時に傷をうけ、瘀血が停滞し、気機が逆乱して四肢強直が生ずる。
二者の四肢強直は似ているが、一方は肝腎虧虚の症状があり、他方は、損傷や瘀血や中毒の症があるのが異なる点である。
肝腎虧損四肢強直には、滋補肝腎の法を用い、加味六味地黄丸合三甲復脈湯加減を用いる。
三甲復脈湯:涼血鎮静・滋陰補血:炙甘草3 麦門冬6 生地黄6 阿膠2 白芍 牡蛎10 鼈甲3 亀板:陰血が虚して結代・動悸するもの:製品は無い。
血瘀気滞四肢強直では、益気化瘀を用い佐薬として通絡解毒として補陽還五湯加減を用いる。
気虚血瘀の半身不遂:補陽還五湯の加減。
補陽還五湯:気虚・血虚・瘀血の脳卒中後遺症・心筋梗塞・高次脳機能障害:代用処方は十全大補湯合血府逐瘀湯:益気活血・和営通絡:黄耆40 当帰3 赤芍3 川芎3 桃仁2 紅花3 地竜3:用いるには気虚症状が必ず必要。
陽気虚衰四肢強直と血瘀気滞四肢強直では、
陽気虚衰四肢強直では長く病んで消耗し、陽気は外泄し、筋脈は温煦をうしない、
瘀血気滞四肢強直では、多くは外傷や中毒によって血瘀気滞となり、或は長く気虚となって筋脈が養いを失ったために生ずる。
二者とも同じく四肢強直となるが、
陽気虚衰四肢強直では、陽虚の寒象(手足厥冷、面白舌淡、脈沈渋結)があり、
後者の血瘀気滞四肢強直では、血瘀の症状の他に気虚の症状(面白、自汗、舌淡白)の症状がある。
陽気虚衰四肢強直では、温陽活血化瘀法の桂枝加附子湯加活血化瘀薬物とし、
血瘀気滞四肢強直では、益気活血化瘀で補陽還五湯加減を用いる。
桂枝加附子湯:発汗過多で汗が止まらず、悪風し、小便が出ず、四肢は屈伸ができない手足がひきつる者の証を治す。寒湿痺による関節痛・浮腫み・冷え:桂枝4 芍薬4 大棗4 生姜4 甘草2 附子1。
四肢強直の症状は、鑑別上注意すべき二つの状況がある。
一種は風寒湿あるいは湿熱阻絡の痹痛で、長く病めば関節は屈伸ができずに固定する。
別の一種は痰火あるいは肝陽化風などの状況から四肢肌肉の強直になる。
二者の病因病機は同じではない。治法もまた異なる。
風邪入侵して化熱し、臓腑を犯せば病状は危篤となるので、仔細に鑑別すべきである。
素問至真要大論には「諸暴強直は、みな風に属す」とある。
景岳全書・痙症に「誤って発汗すれば必ず血液を傷つけ、誤って下せば必ず真陰を傷り、陰血が傷つけば則ち血燥となり、血燥すれば筋は滋養を失い、筋が滋養を失えば拘攣し、かえって強直の病勢に必ず至る」