百合病ひゃくごうびょう

百合病ヒャクゴウビョウは、コロナの後遺症や統合失調症の症状と似ている。

百合病は、漢の張仲景(「傷寒論」「金匱要略」の著者)「金匱要略・百合狐惑陰陽毒病脈証治第三」に「百合病は、食べようと欲しても食べることができず、常に黙然として、寝ようとしても寝ることができず、歩こうとしても歩くことができない。

食事は美味しいと思うこともあるが、食事の匂いを嫌うこともある。

寒がるが冷えはなく、熱がるも熱はなく、口苦く、小便は赤い。

色々な薬でなおすことができない。薬を飲むとすぐに激しく吐いたり下痢したりして、不思議な神霊の如くで、その脈は微数である。」

神霊しんれい:人にのりうつり種々の不思議な症状を出現させるもの。

張仲景チョウチュウケイは、百合病の治療の専薬として、百合地黄湯を主方としている。

百合地黄湯:百合7枚、生地黄汁200ml。

滋陰潤肺の百合ひゃくごう・びゃくごう:ユリ科ササユリの鱗茎:潤肺止咳・寧心安神ネイシンアンジン:咳止め・抗不安薬:百合固金湯ひゃくごうこきんとう:百合病に百合地黄湯・生脈散合甘麦大棗湯加百合。

隋の巣元方「諸病源候論」では、百合病を傷寒の一種として「傷寒虚労大病の後、平復せず、変じてこの疾患となる」として、熱病後の余邪がなお尽きず、百合病を引き起こすとしている。

「金匱要略心典」には「熱邪散漫し、いまだ経を統べられず、その気 遊走して定まらず、故に其の病 また去来に定めなし」として百合病の症状は多岐にわたるが、、ただ「口苦、小便赤、脈微数」を百合病の根拠とする。

「金匱要略方論本義」は「則ち百合一味を用いて此の疾を癒すにより、よりて名(百合病)を得るなり」と論じている。

「医宗金鑑」には「心は神を蔵し、肺は魄ハクを蔵しているので、神魄が守を失うことによって、恍惚錯妄の状を呈する」

「医宗金鑑・訂正仲景全書」は、「傷寒大病の後、余熱いまだ解せず、百脈いまだ和せず」と、また「平素 思慮過多が断えず、情志遂げず、あるいはたまたま驚疑に触れ、またはにわかに異常なことに臨み、形神ともに病む」によって百合病を病むこともあるとして、百合病の発生が情志の損傷と深く関係していることを明確にしている。

「医通」には、百合病の多くは、思慮が脾(胃腸)を傷り、脾陰が受困し厥陰の火がことごとく心に帰し、百脈を乱して発するものだとしている。そしてさらに百合病が長引き、気陰両傷するものには、仲景の百合地黄湯以外に、生脈散をたて、それに養心寧神の薬を適宜加え、熱盛のものには左金丸(黄連6・呉茱萸1)を兼用してもよいとしている。

養心寧神薬ようしんあんじんやく:酸棗仁・柏子仁・遠志おんじ・合歓皮ごうかんひ・夜交藤やこうとう。重鎮安神薬:竜骨・牡蛎・磁石ジセキ・朱砂シュシャ・真珠シンジュ・真珠母シンジュモ・紫石英シセキエイ・琥珀コハク・代赭石タイシャセキ。

「温熱経緯」では、百合病の多くは、余熱がなお肺経に留まっていることによるものであるが、ただ疫病の後ばかりとは限らず「およそ温、暑、湿、熱の諸病の後にも、皆 百合病を発生することがある」としている。

「温熱経緯」では、その病理について「肺は魄ハクを主り、魄安んぜざれば則ち神霊あるが如し」といい、平淡の剤(甘潤、甘平、甘淡)で、余熱を清すれば、百合病は自然と愈ゆと主張している。

百合病の病因

1,傷寒病後、熱邪が陰を傷る。傷寒後、余熱が去らず心肺を薫灼する。心は血脈を主り神を蔵し、肺は気を主り、百脈に赴き治節を司どるので、心肺の陰が虚せば気血は失調し、神明は主をなくし、百脈は滋養を失って百合病となる。

2,情志を遂げず、憂思して百合病をなす。平素、思慮過度で憂思し抑鬱して、喜びが少なく、あるいは境遇が悪くその場を逃れることができないと、陰血は消耗し、虚熱が内生し、神気はその依るどころを失い、行動、言語、飲食が異常となる。

鑑別診断:鬱病・不眠・臓躁と百合病との違い。

鬱病の場合:鬱々として楽しまず、精神不振、飲食不思、精神呆滞、不眠。

百合病では、常に黙黙として、食べようとしても食べられず、寝ようとしても寝られず、歩こうと思っても歩けず、という症状と鬱病は似ているが、

百合病は、多くは陰虚内熱で起こり、精神恍惚として言語、行動、飲食が自主的に処理できず、症状も変化も千変万化・変幻自在であるのが特徴である。

鬱証は、気機の鬱滞により発症するので、脇痛、脹満、噯気などのいろいろな気機痺阻の症状があるが、気鬱の症状は、はっきりしている。鬱証で、気鬱が火と化して、口苦、口乾、便秘、尿赤などがあり、気鬱が火と化して実火になると、面紅昇火、煩躁易怒、胸脇脹満、頻繁な噯気が併見されるが、これは百合病とは異なる。

不眠:百合病では、「臥せんと欲して、臥す能わず」だが、百合病は名状しがたい精神恍惚不安があり、単なる不眠とは異なる。

臓躁ぞうそう:「臓躁の主症状は嘆き悲しんで泣くこと」であるが、百合病は精神恍惚不安があり、名状しがたい百合病の症状は臓躁にはない。さらに百合病には口苦、小便赤、脈微数という特徴があるが、臓躁にはない。

百合病の臨床症状は「食欲があっても食べられず、常に黙黙として、臥そうとしても臥すことができず、歩こうと思っても歩けず、寒いようで寒くなく、熱いよで熱くない」などの、よりどころのない症状である。

しかも、このような症状は、同時にあらわれないので、識別がきわめて困難である。

そこで弁証に際しては、百合病の恍惚としてぼんやりし、自身で物事を処理できないという特徴を掌握し、口苦、小便赤、脈微数などの症状を総合して臨床症状の変化に惑われずに要点を掌握しなければならない。

統合失調症:痰気鬱結などで生ずる:発病が比較的緩慢で精神が抑鬱し、表情が乏しく、独り言、突然笑い突然泣き、行動が異常で、清潔と汚れが分からず、昼夜の区別がなく、飲食を欲しない。

半夏厚朴湯:痰気鬱結の人は精神的な抑鬱があり、喉によく痰がたまり、不安感をともない、頭を押さえつけられたように感じる。不安感と痰がたくさん出る人で、喋る前や電話に出る時、よく咳払いをする。

百合病は、病中、病後にあって痰熱内擾タンネツナイジョウとなり、または、心肺気虚となったものである。

百合病は、精神、行動、飲食ともに異常となる。熱病後の余邪がまだ解せず、あるいは精神抑鬱、思慮過度で心労となると、心は精神活動を主り、肺は人体の活動の調節を司っているので、精神は恍惚となり、呆滞ホウタイする。肺が虚せば、活動の調節が思うようにならず、行、坐、住、臥、飲食などすべてを処理できなくなる。「口苦、小便赤、脈虚数」はすべて、心肺陰虚内熱の症状である。

百合病の治療原則

攻伐の法も補法も受け付けず、薬が妥当でないと吐したり下したりする。それゆえ用いる薬は、虚を補って邪を助長してはならず、邪を除去しようとして正気を損傷しないことが基本原則であり、甘潤、甘平、甘淡の薬を用いるのが治療の法則である。

百合病は、百合を主薬とし、百合地黄湯が主方である。治療に際しては、百合地黄湯をもとに、随証施治し、かけ離れたり、また過分の治を行いないようにする。(線維筋痛症の患者は、いかなる漢方薬を服用しても痛みが悪化するので、百合病である可能性を疑う)

百合病の陰虚内熱には、百合地黄湯を主方とし、口渇があれば天花粉(括婁根)を加えて清熱生津し、また生牡蛎を加えて潜陽固陰する。

小便赤には、知母・滑石・淡竹葉・鮮芦根で清熱利尿する。胃気上逆には代赭石、虚煩不安には鶏子黄一個を撹拌して煎液の中にいれ混和する。

百合病の痰熱内擾には、葦茎湯加減とする。痰熱鬱滞を清化する方剤である。熱が盛んなものには瀉熱清金の知母を加え、小便赤には竹葉・滑石を加え、痰多には竹筎・川貝母、頭痛には桑葉・菊花を加える。

葦茎湯:千金方:清肺化痰・袪瘀排膿:芦根3 生薏苡仁10 冬瓜仁7 桃仁4:肺化膿症・肺炎の肺熱・肺癰に特効する:喉頭痛・熱感・煩躁・鼻出血・上気道炎・急性気管支炎・肺炎・肺膿瘍:痰熱鬱滞を清化する方剤。

知母:ユリ科ハナスゲ(花菅)の根茎:苦寒:清熱瀉火:滋腎潤燥:清熱潤燥薬・瀉熱清肺。

竹葉・淡竹葉:清熱除煩:心肺の風熱を清熱解消・小便赤:導赤散に使用。

滑石かっせき:含水ケイ酸マグネシウム・石灰・粘土:甘寒:利水滲湿・清熱・小便赤。

竹筎ちくじょ:イネ科ハチクの第二層皮:甘微寒:肺胃経:清熱化痰・痰多・止嘔:竹筎は胃熱を冷まし清熱化痰し、淡竹葉は心火をさまして煩熱を除き小児夜啼などを治す。

桑葉:袪痰・鎮咳・頭痛・抗菌:肺熱を清し・肺を潤し・風熱を冷まし、清肝する。

菊花:疏散風熱・清熱明目・清熱解毒・頭痛・平肝陽。

肺熱を冷やし潤す川貝母:苦寒:潤燥:ユリ科川貝母アミガサユリの鱗茎:潤燥化痰:慢性の咳嗽:肺陰虚:咽乾・煩熱・痰少・血痰・胸部や上腹部が脹って苦しい・食欲不振:薬性がおだやかなので慢性の咳嗽に使う。

陰虚で痰熱があるものには、百合を主薬として、麦門冬・知母・葦茎・冬瓜子・川貝母・天竺黄を適宜加味し、養陰清熱すると共に痰濁を化す。

知母:ユリ科ハナスゲ(花菅)の根茎:苦寒:清熱瀉火:滋腎潤燥:清熱潤燥薬・瀉熱清肺。

芦根ろこん・葦茎いけい:イネ科・アシ:清肺瀉熱・清熱生津:抗菌・解毒:魚・蟹・ふぐ中毒:肺熱に用いる:葦茎湯・銀翹散・桑菊飲に配合。

痰濁が化熱し、喀痰が黄色く粘り生臭ければ肺炎を疑い、鮮芦根10~20g、冬瓜子トウカシ4g、杏仁3g、魚醒草ドクダミ10g、黄芩4gを加え、陳皮、半夏、厚朴などを斟酌して減量して、清化痰熱をめざす。

冬瓜仁とうかにん・冬瓜子とうかし:ウリ科トウガシの成熟種子:甘寒:脾胃大腸小腸経:清肺化痰・排膿:消炎・炎症性の腫脹・化膿:内臓の化膿症(内癰ないよう:薏苡仁と同じ)・熱痰の咳嗽は栝楼仁より弱い。

百合病の心肺気虚には、益気安神の甘麦大棗湯で寧心して心気を補い、脾土を益して金を生じさせる。神明を守り調節機能を回復させるために、常に百合・酸棗仁・玉竹・茯神・竜歯の類を加える。

甘麦大棗湯の臓躁ぞうそう:不安感・悲哀感・驚きやすい・寝つきが悪い・浅眠・頭暈(以上、心血虚の症状)・食少・あくび多発(脾虚の症状)・痙攣・意識喪失・舞踏病様動作。

酸棗仁さんそうにん:クロウメモドキ科サネブトナツメの成熟種子の乾燥:養肝・寧心・安神・斂汗:帰脾湯・酸棗仁湯。

玉竹ぎょくちく・葳蕤いずい:ユリ科アマドコロの根茎:甘微寒:滋陰潤肺・養胃生津よういしょうしん:養陰生津薬。ハシリドコロは毒草。

竜歯:古代脊椎動物の歯牙の化石。性質は渋・涼で効能は竜骨とほぼ同じ。鎮静安神作用は竜骨より強い。不眠・煩躁・全身痙攣・筋肉の痙縮には竜歯を用いる。下痢や遺精には竜骨が良い。

気陰両虚には、生脈散に百合・淮小麦・大棗を加えて用いる(生脈散合甘麦大棗湯加百合)。

淮小麦わいしょうばく:甘・微寒、養心安神・潤肝除燥に働く、神志失常・煩躁不安に適用。

浮小麦ふしょうばく:イネ科小麦の未成熟でやせた粒で水面に浮くものを良品とする。これにだわらず一般に年月のすぎた小麦で代用する:甘淡涼:心経:止汗・養心安神:止汗には麻黄根・牡蛎・黄耆を加える。

百合病は、心肺陰虚証が最もよくみられるが、そのほか痰熱束肺、心神擾乱、心肺気虚、神気不足もある。陰虚は内熱を生じ、津液を薫灼して痰を生じる。

痰熱が長期となると心肺の陰虚となる。臨床上は多くは虚実が併見される。多くは長引き治癒は難しい。ただ正しい治療と看護を受ければ予後は一般に良効である。