©(有)文隣堂あつみ薬局 渥美光廣、2023
痹証ひしょう:痛風や関節炎やリウマチなどの膠原病
痹証は肢体、肌肉、筋骨、関節などの 疼痛、鈍痛、しびれ、重だるさ、関節の屈伸が出来ず、腫れなどを主とする病証である。
痹証は、「萎証いしょう」とは異なる。「萎証」とは、肢体の筋脈が弛緩し、手足に力がはいらず、随意運動ができない状態をいう。
痹証は臨床上、比較的範囲が広く、現代医学の中風湿熱(痛風)、風湿性関節炎(膝腫脹:膝痛など)、坐骨神経痛、多発性皮膚炎(多発性筋炎)、系統性紅斑狼瘡(蝶形紅斑を呈する全身性エリテマトーデス)など、その他の多くの骨や関節病、結合組織の疾病(膠原病)なども含む。
痹証の病因と病理
痹証の発生には、患者の体質の盛衰と住居地の気候条件と生活環境などと密接な関係がある。
体の陽気(温める力)や精血不足は、痹証発生の内因となり、風寒湿熱の外邪は外因となる。
1,先天の稟賦不足や後天の房室不節や過労や大病や慢性病の後の陰精や陽気不足で、正気が虚弱なため、風寒湿熱の外邪が虚に乗じて侵入し経絡を阻んで痹証を発症する。
陽気(体を温める力)が虚に偏する者は多くは風寒湿痺を感受し、
陰虚(水分や栄養不足)の者は多くは風湿熱痹を感受する。
2,体質が気血不足で、陰虚あるいは陽虚で、陽気が温煦おんく を失い、陰血の滋潤がなければ、筋骨・関節は、虚により栄養不足となり痹証が内生する。
3.寒湿の地に長く住み、あるいは睡眠中に風にあたり、風フウジャ におかされたり雨にぬれたり、水中作業や汗をかいて入水したりして徐々に疾を被り、風寒湿邪に感じて気血・営衛が阻まれて経脈が通じなくなり痹証となる。
4,痹証が長く癒えず、気血の流れが滞り、臓腑の機能が低下して長く患うと、血は停滞して瘀血を生じ、湿は凝滞して痰飲となり、痰と瘀血が互いに結して、経絡や筋骨を阻み、気血の流れは閉じてしまう。
治療方針
痹証は、病の新旧・虚実の差があり、偏風、偏寒、偏湿、偏熱の区別がある。
一般に、初期は邪実が主で、病位は肢体、皮肉、経絡にあり、慢性病では正虚となり虚中挟実となり、虚証ではあるが、実証の原因となる風、寒、湿、熱、痰、濁、瘀血が同時に生じており、病位は深くなっていて、筋骨や臓腑にまで病因の影響が及んでいる。
そのため病程中では、虚実挟雑、本虚標実(本来の体質は虚であるが現れている症状は実証を示す)で寒熱を合わせもっている者は少なくないので、根拠となる臨床症状を併行して考えなければならない。
痹証は、常に不規則な発作性があり、一般に発作期には治法は袪邪を主とし、静止期には営衛を調え、気血を養い、肝腎を補うことを主とする。病が長く絡に入れば、痰飲と瘀血は互結するので袪瘀化痰するという同治する袪邪の薬物も必要となる。
1,風寒湿痺の行痹(風痹)
行痹・風痹:痹証の初期で、痛みは遊走性で、肢体や関節が痛み、屈伸ができずに、腕、肘、くるぶし、膝などの大きな関節の症状が主となる。初期には発熱や悪風などの表証を伴う。舌苔薄白、脈浮緩。
表証とは、悪風・悪寒発熱、頭痛・身体痛、腰痛、くしゃみ・鼻水・鼻づまり・脈浮・脈浮数・・などの症状が特徴。
行痹・風痹の治法は、袪風通絡・散寒利湿:蠲痺湯加減・麻杏薏甘湯。
蠲痺湯けんぴとう加減:風寒湿痺の行痹:羗活3 独活3 桂枝2 秦艽3 当帰3 川芎3 桑枝5 防風3 生草1.5 海風藤10かいふうとう 炙乳香3しゃにゅうこう 炙没薬3しゃもつやく。
加減法
蠲痺湯:行痹:上肢痛に加える:威霊仙4,姜黄3(鬱金)。
蠲痺湯:行痹:下肢痛に加える:牛膝4、木瓜2。
蠲痺湯:行痹:関節痛が強い時加える:麻黄3,川烏頭3,草烏頭3,細辛2。
草烏頭(草烏は北烏頭):キンポウゲ科の烏頭うず(トリカブト)の主根。川烏は主として四川省で栽培されている。草烏は北烏頭で各地に野生している。成分は同じであるが草烏の方が毒性と効果が強い。
蠲痺湯:行痹:関節腫脹・舌苔白じに加える:蒼朮3,防已4,生米仁5(薏苡仁)。
蠲痺湯:行痹:発熱時に加える:知母3,黄芩4.
外感風湿に麻杏薏甘湯:袪風湿・解表・止咳平喘:麻黄4 杏仁3 薏苡仁10 炙甘草2:風湿の表証で浮腫に使用・風湿が化熱して熱をもったものに使用・イボに使用・雨に濡れてひいた風邪に使う。
2.風寒湿痺の痛痹(寒痹)
寒痹・痛痹:肢体・関節・肌肉の疼痛は激烈で、ひどければ刀で割かれ針で刺されるようで、日中は軽く、夜間や、寒に遇うと悪化し、熱を得れば痛みは和らぐ。寒痹は固定痛で、赤味や熱はない。常に冷感があり関節は曲がらない。舌苔白、脈弦緊。
寒痹の治法:温経散寒・逐痹止痛:烏頭湯加減うずとう。
烏頭湯加減:風寒湿痺の寒痹:川烏頭3~4(先煮)、麻黄2~3、独活3 防已5 黄耆5~10 木通2 当帰4 白芍4 生草3~4 白蜜二匙(衝服)
衝服しょうふく(沖服ちゅうふく):少量の散剤をもつ薬湯を服用するとき、散剤を湯に入れて攪拌して服用すること。琥珀・朱砂の粉末は浮きやすく沈みやすいので衝服するときは蜜で調えてから服用する。
烏頭湯の加減法
烏頭湯(寒痹)の加減法:形寒、疼痛が強い時に加える:熟附片3(先煎)、細辛1.5 制川烏を替えて生川烏と生草烏を各5~10gを少量から開始し増やすが文火とろび で二時間先煎し(或は白蜜を同煎)中毒を防ぐ。
3.風寒湿痺の着痹(湿痹)
湿痹:肢体・関節・肌肉の疼痛の湿痹は固定痛で皮膚はしびれ、関節は腫脹し重怠く、活動は不便で熱やマッサージで少し痛みが緩む。舌質淡、舌苔白じ、脈濡緩。
湿痹の治法:健脾燥湿・袪風散寒:薏苡仁湯加減よくいにんとう。
薏苡仁湯加減:湿痹:生米仁(薏苡仁)10 川芎3 当帰3 麻黄3 羗活3 独活3 桂枝2 防風3 川烏3せんう 蒼朮3 甘草1.5 生姜二片しょうきゅう。
薏苡仁湯(湿痹)の加減法
薏苡仁湯(湿痹):痛み激しければ加える:細辛2gさいしん。
薏苡仁湯(湿痹):関節腫脹つよければ加える:防已ぼうい4,牛膝ごしつ3g。
薏苡仁湯(湿痹):皮膚のしびれに加える:桑枝4,蚕砂5さんしゃ(かいこの糞は包む)
桑枝そうし・老桑枝:クワ科マグワの幼枝:苦平:肝経:袪風通絡・鎮痛・解熱:風湿の痺証に使用
蚕砂さんしゃ・晩蚕砂:カイコガ科カイコの糞を乾燥:甘辛温:肝脾胃経:袪風湿・止血・風湿による痹痛:布で包んで煎じる。
4.風寒湿痺の熱痺
熱痺:肢体・関節の疼痛、痛む処は赤く灼熱感があり(痛風様)、腫脹疼痛は激烈で、筋脈は拘急して動けず、昼は軽く夜はひどくなる。併せて発熱、口渇、心煩、冷やすと楽で、熱を嫌う。舌質紅、苔黄じ、脈滑数。
熱痺の治法:清熱解毒・活血通絡・疏風利湿:白虎加桂枝湯加減・白虎加人参湯。
白虎加桂枝湯加減:熱痺:桂枝2 生石膏10(先煎) 知母3 生草1.5 忍冬藤10 生薏苡仁5 桑枝4 生地黄5~10 西河柳10せいかりゅう 透骨草10とうこつそう 秦艽4 虎杖10。
虎杖・虎杖根こじょうこん:イタドリ:緩下薬、利尿薬、通経薬、じんま疹。
透骨草とうこつそう・蠅毒草:有毒:ハエドクソウ科:林の下に自生する多年草。かつては葉や茎を刻み、ご飯つぶに混ぜて蠅をとった。開花時期の全草を採取、煎じ液で疥癬・水虫などに外用。
白虎加人参湯:清熱瀉火・生津止渇・補気:気分熱盛:陽明経証に用いる:生石膏15 知母5 生甘草2 粳米8こうべい 人参3:消渇病の多飲・大汗・多尿で体重減少が少ない人(つまり陰虚ではない人)
白虎加桂枝湯:熱痺:加減法
白虎加桂枝湯:熱痺:発熱・悪風・咽痛に加える:金銀花(忍冬)5にんどうとう 連翹5 荊芥3 射干3やかん。
金銀花・銀花・忍冬ニンドウ・双花・土銀花:スイカズラ科スイカズラの花蕾:甘寒:肺胃心脾経:清熱解毒:膿瘍などの発赤・腫脹・熱感・下痢・感冒・疼痛・熱性疾患の常用薬:銀翹散。
忍冬藤にんどうとう・銀花藤ぎんかとう:スイカズラ科スイカズラの蔓茎。清熱解毒作用は金銀花より弱いが、袪風通絡の効果が高い。清熱解表薬・風湿による痹証によく用いる。
白虎加桂枝湯:熱痺:高熱止まず便秘の者に加える:山梔子4,生大黄2~3(後下)。
白虎加桂枝湯:熱痺:関節紅腫脹、疼痛激烈、壮熱煩渇、舌紅、脈弦数の者に加える:水牛角10(先煎)、羚羊粉0.2(分呑)、石斛5(先煎)。
5.頑痹がんぴ
頑痹:痹証が長く続き、反復発作し、骨節は白僵蚕のように硬く変形し、皮膚の色は黒く、疼痛は激烈で固定痛で肢体はしびれ感覚が無く、屈伸できない。舌色紫暗で瘀斑があり、舌苔白じ、あるいは滑じ、脈細滑あるいは細渋。
頑痹の治法:活血行瘀・化瘀通絡:身痛逐瘀湯加減しんつうちくおとう
身痛逐瘀湯加減:頑痹:当帰3 桃仁3 紅花2 炙甘草2 秦艽3 羗活3 炙地竜3じりゅう 制香附子3 牛膝4 五霊脂3ごれいし(包煎) 炙乳香3 炙没薬3。
五霊脂:オオコウモリ科オオコウモリの糞便乾燥物:鹹温:肝経:袪瘀止痛、生では活血、炒用では止血:婦人科で多用。
乳香にゅうこう:カンラン科の乳香樹の樹皮より滲出した樹脂:辛平温:心・肝・脾経:活血・止血・舒筋:鎮痛・消炎。
没薬もつやく:カンラン科没薬樹から産出する樹脂:肝経:活血袪瘀止痛。
乳香+没薬は、心腹の血瘀疼痛に古人は効果があるとする:痛みが強い時、乳香+没薬を加える。
身痛逐瘀湯の加減法:頑痹:関節痛強い時に加える:川烏3 草烏3。
身痛逐瘀湯の加減法:頑痹:関節の変形強直し屈伸できない:全蠍粉2g(分呑:キョクトウサソリ)、烏稍蛇4,蜂房10,地鱉虫3ジベチュウ(䗪虫しゃちゅう:シナゴキブリの雄)。
全蝎・全蠍ぜんかつ・全虫・蝎尾かつび:キョクトウサソリ科のキョクトウサソリの全身:辛平小毒:肝経:熄風鎮痙・袪風止痛・解毒散結:破傷風・熱性痙攣・半身不随・顔面神経麻痺。
袪風通絡の烏稍蛇うしょうだ:ヘビ科烏風蛇うふうだ の内臓を除いて乾燥・幼蛇が良い:甘辛:肝経:袪風湿・鎮痛:白花蛇と同じだが無毒で効果は弱い。
白花蛇はっかだ:マムシ科五歩蛇(ヒャッポダ)の内臓を除去し乾燥:広東ではヨウガダ科銀環蛇(コブラ)の幼蛇の金銭白花蛇も用いる:袪風湿・通経絡:鎮静・鎮痛・風湿による関節痛:陰虚内熱にはよくない。
露蜂房ろほうぼう・蜂房:アシナガバチやスズメバチの巣、幼虫を伴った方がよい:甘辛・有毒:胃経:袪風解毒・散腫止痛:血液凝固促進・利尿作用:毒性あり過量服用は急性腎炎を起こす。
地鱉虫ジベッチュウ・䗪虫しゃちゅう・土鱉虫:シナゴキブリの雄の全虫:鹹寒:有小毒:肝経:破血逐瘀・續筋骨:筋骨折傷,瘀血閉経,癥瘕痞塊。血瘀による肝腫大及腰痛、捻挫:妊婦は禁忌。
身痛逐瘀湯の加減法:頑痹:肢体のしびれに加える:指迷茯苓丸4g(包む):(指迷茯苓丸:半夏 茯苓 枳殻 風化朴硝ぼくしょう)
朴硝ぼくしょう・芒硝ぼうしょう・玄明粉げんめいふん・元明粉・風化硝ふうかしょう:硫酸ナトリウム:鹹苦寒:瀉熱通便。
6.気血虚痹
痹証が長く治らず、骨折はしくしくと痛み、時に軽く時に重く感じ、筋惕肉瞤してピクピクと痙攣し、顔色はさえず、肌肉は痩せ、動悸し息切れして力無く、汗ばみ、食欲不振で軟便である。舌淡苔白、脈濡弱あるいは脈細数。
気血虚痹の治法:調補気血・舒筋活絡:独活寄生湯加減
独活寄生湯加減:調補気血・舒筋活絡:気血虚痹:独活3 桑寄生4 秦艽3 当帰3 白芍4 川芎3 生地黄3 杜仲4 牛膝3 党参3 茯苓4 桂枝2 炙甘草1.5:代用処方は十全大補湯合苓姜朮甘湯・十全大補湯合五積散。
独活寄生湯:気血虚痹の加減法
独活寄生湯:気血虚痹:自汗・乏力に加える:黄耆5g。
独活寄生湯:気血虚痹:軟便では生地黄を去り、焦白朮4を加える。
独活寄生湯:気血虚痹:寒がり・肢痛に加える:熟附片3(先煎)、細辛2。
独活寄生湯:気血虚痹:血瘀のある者に加える:桃仁3、紅花2。
7.陽虚痹ようきょひ
痹証が長く続き、骨節疼痛し、関節は変形し、筋肉は萎縮し、面色皓白で顔色はさえず、形寒肢冷、腰膝酸軟、関節は冷感があり、尿は多く、軟便あるいは五更泄瀉、舌淡白、脈沈弱。
陽虚痹の治法:温陽益気・強筋健骨・補益肝腎:真武湯合右帰丸加減。
真武湯合右帰丸加減:温陽益気・強筋健骨・補益肝腎:陽虚痹:
熟附片3(先煎) 茯苓4 炒白朮3 炒白芍3 乾姜1.5 肉桂1.5 炙甘草1.5 当帰3 炙黄耆4 巴戟天4はげきてん 菟糸子4 杜仲4 鹿角膠4(烊衝:溶かして衝服する)。
真武湯合右帰丸の加減法:陽虚痹:痹痛ひどければ加える:川烏3 草烏頭3の生を用い、薬の上に白蜜を少し加えて用いる。
右帰丸うきがん:温補腎陽:附子3 熟地黄10 山茱萸3 山薬8 枸杞子10 杜仲5 甘草1 茯苓3。
真武湯しんぶとう:回陽救逆・温陽利水:附子1 茯苓5 白朮3 白芍3 生姜3・腎陽虚・寒湿に適応:下半身の冷えが目標・寒湿の痔・寒湿の腹痛。
8.陰虚痹いんきょひ
痹証が長く続き、骨節は疼痛し変形し、筋脈は拘急し活動後に悪化する。体はやせて力が入らず、煩躁して寝汗をかく。めまい・耳鳴りし、顔が赤くほてり、腰や膝はしくしくと痛み力がはいらない。口渇して落ち着かず、食欲不振。舌質紅少苔。脈細。
陰虚痹の治法:滋腎養肝・強壮筋骨:左帰丸加減
左帰丸加減:陰虚痹:生地黄3しょうじおう 熟地黄3 山薬4 山茱肉3 菟糸子4 枸杞子4 当帰3 淮牛膝4わいごしつ 亀板膠4きばんきょう(烊衝) 桑寄生4そうきせい 白芍4。
左帰丸さきがん:景岳全書:腎精不足の治療:補腎益精:填精益髄の紫河車しかしゃ・鹿茸ろくじょう・杜仲・枸杞子・肉ジュ蓉・巴戟天・鎖陽さよう・山茱萸・菟糸子・熟地黄:寒証は填精温腎の右帰丸。
左帰丸の加減法
左帰丸加減:陰虚痹:関節酸痛に加える:木瓜2 鶏血藤5 伸筋草5。
左帰丸加減:陰虚痹:頭暈・面赤くのぼせ・筋脈肌肉跳動に加える:石決明10(先煎)、牡蛎10(先煎)、天麻3、釣藤4(後下)
痹証に対処する生活方法
寒さと湿気や風を避け、風寒湿の邪が人体に侵入しないように注意し、体を調節し、房室(セックス)や食事を節制し、過労を避け、規則正しい生活を保ち、また、身体を鍛錬して体質を増強し、抗病能力を高める。