2024/6/4 6/5改訂
大便下血
風火薫迫大腸便血
大便下血、唇は乾燥、口は乾燥、口渇して冷飲する。歯肉は脹痛し、口苦し口臭がする。口や舌に口内炎が生じ、大便は秘結する。肛門には灼熱感があり、舌紅苔黄し、脈数で有力。
大腸湿熱蘊毒便血うんどくべんけつ
大便下血、顔や眼は黄疸色となり、口乾して苦い。食欲不振、胸脘痞悶、悪心嘔吐、食少で腹が脹る、排便してもスッキリしない。
便臭は穢臭えしゅう。肛門は腫れて硬く疼痛がある。小便短赤、あるいは混濁、舌苔黄じ、脈滑数など
大腸湿熱:口乾・口苦、食欲不振、胸脘痞悶、悪心嘔吐、食少で腹が脹る、排便はスッキリしない。便臭は穢臭えしゅう。肛門は腫れて硬く疼痛がある。小便短赤または混濁:乙字湯・防風通聖散。
乙字湯:大腸湿熱を清熱化湿・升提活血:肛門は湿っている・陰部の悪臭や痒み:柴胡 升麻 炙甘草 大棗 生姜 黄芩 大黄。
防風通聖散:疏風解表・瀉熱通便:当帰 芍薬 川芎 山梔子 連翹 薄荷 生姜 荊芥 防風 麻黄各1.2 大黄1.5 芒硝1.5 桔梗 白朮 黄芩 石膏 甘草各2 滑石3:便秘・肥満・食欲旺盛の糖尿病。
多食善飢の糖尿病では、胃熱による食欲旺盛な場合がある。食欲旺盛でも肥るわけではないが、陰虚になって痩せることがない場合は、食欲旺盛なら防風通聖散や大柴胡湯や桃核承気湯が糖尿病に使える。
大柴胡湯に木香・鬱金・茵蔯・芒硝の類を加えれば、急性胆嚢炎、
胆石症、急性膵炎に、さらに効果がある。例、大柴胡湯合茵蔯蒿湯:
大柴胡湯:肝火上炎・肝気鬱結・胃実熱・心下痞硬に適応する:
柴胡6 黄芩3 白芍3 半夏4 生姜4 大棗3 枳実2 大黄1
(上腹部の脹り・苦満)。
桃核承気湯:清熱瀉下・活血逐瘀:桃仁5 桂枝4 大黄3 甘草2 芒硝2(調胃承気湯+桃仁・桂枝):瘀血と熱状・口渇・多食善飢で狂症を現す時や糖尿病に使用:桃仁・桂枝・大黄が駆瘀血薬。
肝腎陰虚便血
大便下血、頭暈目眩し、顴紅かんこう、五心煩熱、夜寝不安。骨蒸盗汗、夢精、腰酸で足は怠い。肢倦、消痩、舌質紅絳、脈細数。
肝腎陰虚:頭暈目眩し、顴紅かんこう、五心煩熱、夜寝ヤシン不安。骨蒸盗汗コツジョウトウカン、夢精、腰酸ヨウサンで足は怠い。肢倦シケン、消痩ショウソウやせてくる、舌質紅絳、脈細数:杞菊地黄丸:滋補肝腎・清肝火・明目。
杞菊地黄丸:滋補肝腎・清肝火・明目:疲労により生じる腎虚症状に適応する:運動会や遠足後・運動後のかかと痛(腎虚の痛み):枸杞子・菊花・地黄・山茱萸・山薬・沢瀉・茯苓・牡丹皮。
五心ごしん:掌心・足心の裏・胸の五カ所。
脾腎陽虚便血
大便下血、脘腹隠痛、面色無華、肢倦懶言しけんらんげん、少食で便が軟らかい、ひどければ畏寒肢冷いかんしれい、小便清長、脈沈細無力。
脾腎陽虚:五更瀉ゴコウシャとは毎日早朝か夜明け前に下痢をする五更瀉は脾腎陽虚(痛瀉要方・真武湯・附子理中湯)である。五更泄瀉・鶏鳴下痢けいめいげり。
脾腎陽虚の四肢抽搐:固真湯こしんとう:証治準縄ジュンジョウ:
人参 白朮 茯苓 甘草 黄耆 附子 肉桂 山薬
(脾虚の四君子湯+黄耆・附子・肉桂・山薬:
四君子湯+八味丸・四君子湯+十全大補湯)。
脾腎陽虚となり、気が血を統摂とうせつできずに、大便が固まらず慢性下痢が続き、腸虚滑脱して膿血便となる:六君子湯合十全大補湯・人参湯加附子・真武湯。
腸虚滑脱ちょうきょかつだつ:下痢や大便失禁に脱肛を伴うのは、虚寒(六君子湯合十全大補湯・人参湯加附子・真武湯)か、中気下陥げかん(補中益気湯)である。
風火薫迫大腸便血と大腸湿熱蘊毒便血は、二者とも熱証で実証に属する。
風火薫迫大腸便血は、原因の多くは邪が陽明経に侵襲し、鬱して熱を生じ、あるいは肝経の風木の邪が腸胃に乗じて風火が迫り、陰絡が傷つき被傷して、陰血が不蔵となり、便血が発生する。
これは「中蔵経ちゅうぞうきょう」の云うところの「大腸の熱が極まれば便血となり、また風が大腸に中れば、下血となる」。
この種の便血は、だいたい後世のいわゆる「腸風」に属し、ゆえに臨床上は多くは口渇冷飲がみられ、歯肉腫痛、口苦口臭、大便燥結、舌苔黄、脈数などの症となる。
かつ風火の証は、火に感ずればすぐに発症し、病程は短く、ゆえにその特徴は大便下血は、まず、血が先で便が後であり、血が下ると飛び散るようで、サラサラとして色は鮮明である、ひどければ鮮血が下る。
治療は総じて涼血瀉熱で、熄風寧血そくふうねいけつ を主とする。
槐花散が常用方剤である。
槐花散かいかさん:普済本事方ふさいほんじほう:涼血瀉熱・熄風寧血:槐花 側柏葉そくはくよう 荊芥穂 枳殻。
側柏葉・側柏:ヒノキ科コノテガシワの若い枝葉:苦渋微寒:
肺肝大腸経:涼血止血:熱証の内出血(鮮紅色の出血、口乾、
咽燥、脈弦数ゲンサク)に広く用いる。
荊芥穂けいがいほ⇒辛。温。肺・肝経に入る。
袪風解表、宣毒せんどく透疹、散瘀止血、袪風止痙。 シソ科、荊芥の花穂をつけた茎枝あるいは花穂(荊芥穂)。 黒く炒ったものを黒荊芥あるいは荊芥炭という
もし肝経風熱内煽ないせん の症状の者は、たとえば脇腹脹満、煩躁多怒、脈象弦数などは、清肝寧血すべきで、方剤は黄芩湯加柴胡、丹皮たんぴ など。
黄芩湯は、熱痢(熱性下利・裏急後重や粘血便)の治療に非常に効果がある:傷寒論:清熱止痢・和中止痛:
黄芩3 白芍2 甘草2 大棗2:
腹痛・下利・嘔逆:大腸湿熱で急性腸炎・細菌性下痢・赤痢・腹痛の強い場合。
もし、陽陰火邪熱毒熾盛シセイ で、迫血妄行で下血が鮮やかで粘っていて、口燥唇焦、舌紅苔黄、脈数有力などは、涼血瀉火し、約芎煎を用いる。
約芎煎やくきゅうせん:涼血瀉火:芍薬、甘草、続断、地楡、黄芩、槐花、烏梅ウバイ、荊芥穂。
続断ぞくだん:マツムシソウ科川続断の根:苦辛微温:肝・腎経:補肝腎・続筋骨(筋骨を修復する)・活血・安胎:打撲・捻挫・骨折・腰や下肢の疼痛。
地楡じゆ・ちゆ:バラ科ワレモコウの根茎と根:苦酸微寒:肝大腸経:涼血止血・清熱収斂:血便・痔出血。
槐角かいかく:槐(エンジュ)の果実:清熱涼血:止血作用は槐花米(花蕾)より弱いが、清熱の力は強いので痔の炎症・出血・血便に用いる:槐角丸:清熱止血・理気活血:槐角 地楡 当帰 防風 黄芩 枳穀。
大腸湿熱蘊毒便血
多くは、飲酒や辛辣シンラツの食物を多食し、肥甘ヒカン を過食して、内に湿気が生じ、あるいは湿地に長く伏せたり、たびたび霧露に犯され、外より湿気が来て、これらは皆 湿邪が体内に蘊結ウンケツして、大腸に下注し熱が生じて蘊毒となり、陰絡を灼傷して、気血は壅遏ヨウアツ され大便下血となる。
蘊:ウン:こもる・たくわえる・ふさがる:蘊奥ウンオウを究める。
壅ヨウ:塞がって通じないこと。
遏アツ:絶つ・さえぎる・とどめる・とめる・とどまる。
臨床所見は、この種の便血は多くは臓毒に属する。臓毒は長く積毒シャクドクが蘊結しているので下血は紫黒色で汚濁であり、色は晦暗カイアンで鮮やかではなく黒豆汁で、ひどければ切片や塊をつくる。
湿熱がたちこめて阻滞され、それゆえ臨床上では胸脘痞満、嘔悪オウオ少食、腹脹便結がみられ、舌苔じ で脈滑などの症となる。
湿熱が稽留すると蘊積ウンシャクして毒が生じ、肛門は腫れて硬くなり疼痛が生ずる。治療には清化湿熱で、和営解毒を主とし、赤小豆当帰散合地楡散で清熱化湿・和営止血する。もし下血の汚濁がひどければ黄連湯を用いて化湿解毒する。
赤小豆当帰散:金匱要略:赤小豆 当帰。
地楡散:直指方じきしほう:地楡 茜草根せいそうこん 黄芩 黄連 山梔子 茯苓 薤白がいはく。
黄連湯は「胸中熱有り 胃中邪気あり 腹中痛み 嘔吐せん とする者」:黄連3、半夏6、乾姜3、桂枝3、人参3、大棗3、甘草3。
肝腎陰虚便血と脾腎陽虚便血
二者とも虚証である。ともに疲労によって頻発する特徴がある。
肝腎陰虚便血は、多くは久病が治らず、営陰が内耗し、酔って房労を犯し、腎陰を虧損し、或は擾思鬱怒ジョウシウツド おもいがみだれて、怒りがつのり、五志化火して陰血などを消耗し、肝腎陰血を虧損し、水虧スイキして火旺となり、陰絡を擾動ジョウドウして便血が発生する。証は虚熱に属するが、脾腎陽虚の虚熱証とは同じではない。
心陽偏亢・心腎不交:五志過極等で心陽が上亢し陰血を灼傷して腎陰不足をとなり心陽は腎に下通しないため腎精の上承がならず心陽がさらに上浮し心神不安から動悸・不眠・耳鳴り・難聴・目花。
五志:喜・怒・憂・思・恐:広く精神活動をさす。
臨床では多くは便が先にでてから血液がでて、血色は深紅で、点滴として下し、出血量は多くはないが、便血後の体力は疲れ切って体を支えられず、さらに口燥咽乾で、五心煩熱し、失眠多夢などの陰虚火旺の症状を呈す。治療は滋陰降火と養血寧血を主とする。
常用方剤は、三甲復脈湯で、もし、心煩少寝なら、黄連阿膠湯を用いる。
三甲復脈湯さんこうふくみゃくとう:涼血鎮静・滋陰補血:炙甘草3 麦門冬6 生地黄6 阿膠2 白芍 牡蛎10 鼈甲3べっこう 亀板:陰血が虚して結代・動悸するもの。
黄連阿膠湯:動悸・胸悶し煩躁・熱感やのぼせで不眠・かゆみ・各種出血:鼻衄・不眠症・かさかさした湿疹・皮膚炎・皮膚の痒み:傷寒論:心腎不交:胸悶し居ても立ってもいられない状態。
黄連阿膠湯:傷寒論:心腎不交(陰虚火旺・心陰虚の一種):
黄連3 黄芩2 白芍3 阿膠3 鶏子黄1個:少陰病だが煩躁し、
不眠・胸悶し、居ても立ってもいられない状態。
脾腎陽虚便血
多くは素体は陽虚で労倦過度、または大病が十分回復しておらず、脾胃の陽虚が回復していないために脾腎陽虚便血となる。
脾気虚では、血液の統摂力が低下し、腎気が乏しくなれば封蔵の本が失われ、陰絡の血が溢れ、便血が発生する。
この種の便血は、さきに便がみられ、後から血液がでる「遠血」であり、サラサラとしていて色は暗淡である。あるいは黒くべたべたした柏油のようである。
此の証は毎回下血がみられて長く続くので、陰損が陽損に及び、
陽虚して陰を摂することができなくなる。
臨床では多くは面色淡でツヤがない。短気懶言ランゲンで、肢冷畏寒、脘腹隠痛して、軟便がとなり、舌淡で脈微などの症となる。
治療は健脾温腎し、益気摂血を主とする。黄土湯おうどとう を選用し、もし長く続く中気下陥で肛門脱出ならば補中益気湯を合方する。
もし、便血が長ければ、固腸散を配合して固腸止血し、滑脱を防ぐ。
固腸散:景岳全書:陳皮 木香 肉豆蔲にくずく 罌粟穀おうぞくこく 炮姜 甘草。
六君子湯に肉豆蔲、訶子、を加えると脾虚腸鳴泄瀉に適応する。
肉豆蔲にくずく:辛温:渋腸止瀉・温中行気。
訶子かし:斂肺利咽・渋腸止瀉:慢性の下痢と咳嗽の生薬:慢性下痢に斂肺して治す。
罌栗殻おうぞくこく:ケシ科ケシの成熟した外殻:渋平:肺大腸腎経:止痛・斂肺・渋腸:訶子カシ と似ているがはるかに強い。麻薬であり使えない。
鸚鵡:鳥のオウム。貝が二つでオウと読む。
「証治匯補しょうちかいほ」に曰く、すんだ清血を下す原因は風である。色が煙とチリのようなら湿が原因で、色が暗いものは寒が原因である。色が紅は熱である。
滙・匯カイ・ワイ・エ:水のめぐる意:めぐる・あつまる・集めた物。
「類証治栽るいしょうちさい」に曰く、その血色が鮮やかで粘稠は実熱迫血であり、色が薄く淡色なら脾胃虚寒である。
故におよそ先血後便で、血色が鮮やかであれば「近血」で、病は大腸・肛門にある。 多くは風火湿熱の病で、熱に属し実に属する。病は比較的軽症である。治法は袪邪を主とする。
先便後血で血色が晦暗の「遠血」であれば、病は小腸や胃にあり、多くは飲食労倦により臓気を損傷して臓腑の陰陽が失調して生じ、病情は深く重い、虚証が多ければ、まず治療は扶正を先にする。
また、下血がほとばしるようで、さらさらとして鮮血ならば、
外風が侵入し、内においては風が大腸に侵入した「腸風」である。
もし便血が汚濁であり、肛門が腫れて硬く痛むなら、蘊湿ウンシツが毒となり大腸・肛門に下迫して陰絡を損傷した「臓毒」の病である。
蘊:ウン:こもる・たくわえる・ふさがる:蘊奥を究める
「景岳全書けいがくぜんしょ・雑証謨ざつしょうぼ」
「結陰便血の者は、虚証が多い。風寒の邪が陰分に結して便血となるがこれは傷寒の風寒ではない。蓋し風寒の邪が五臓に留まりて去らず、これを結陰と云う。陰が内に結して外を巡らず、すなわち病は陰分にあり、故に便血する。
謨:漢音ボ・呉音モ:はかりごとを定める。計画。
経ケイ(黄帝内経こうていだいけい)に曰く、結陰の者は、便血一升、再度結すると二升、三結では三升とはまさに之をいう。これには外灸(お灸)を中脘チュウカン、気海キカイ、三里サンリにおこない、風邪を散ずる、内は平胃地楡湯で温散の方剤を用いる。
平胃散:理気化湿・和胃:化湿の蒼朮が主薬:
蒼朮4 厚朴3 陳皮3 甘草1 大棗2 生姜1:
平胃散は、体表面の水気(皮膚病や浮腫・重だるさの原因)と胃の中の水気が同時にとれる。
地楡散:直指方じきしほう:地楡 茜草根せいそうこん 黄芩 黄連 山梔子 茯苓 薤白。
茜草根・茜根・茜草:アカネ科アカネの新鮮な根・乾燥根:苦寒:肝経:涼血止血・活血:熱証の出血に烏賊骨・荊芥炭・白朮・続断を基本とし竜骨・牡蠣(固渋剤)と白朮・黄耆を加え、固渋止血・健脾摂血する。
薤白がいはく:ユリ科チョウセンノビル・ラッキョウの地下鱗茎:苦辛温:肺・胃・大腸経:温中通陽・行気止痛。
「血証論・便血」
余は此の証(便血)を按じて、婦人の崩漏と相違が無く、・・これは同じく離経の出血である。下に出てくる出血は、病情は似ている。
ただし、出血する場所(竅)は同じではなく、崩漏は前陰から出血するので、多くは肝を治して血室(子宮・衝脈)を和すべきである。
便血は後陰から出血するので肺腎を治して腸気を固めればよい。
腎は下焦を主り、気を生じ、気の上昇を主る。
腎が充実していれば気は下陥しない。肺と腸は表裏をなす。
肺気が収斂すれば、腸気は自ずから固まる(慢性下痢の治法)。
医者はこの病理をよく知り、女子の崩中の法を参用して、その調整を尽くす可ベ きである。