内傷咳嗽
慢性気管支炎喘息(内傷咳嗽)
内傷咳嗽は、肺が弱ることにより、あるいは他の臓の病が肺に累を及ぼし、咳嗽を引き起こす。
「内経だいけい」の「素問」咳論に曰く、「「五臓六腑はみな人をして咳せしめ、独り肺のみにあらざるなり」とあり、これは他の臓の病が肺に影響して咳嗽を引き起こすことである。
もし外感咳嗽の治療に失敗して、長く癒えなければ、肺気は消耗され、営衛は不固となり、気候のわずかな変動や寒凉な季節に、また外感(風邪など)をわずらうと咳嗽は激しくなり、内傷咳嗽の反復発作を生じ、積年累月して肺や脾、腎ともに弱まり、気血の運行や津液の輸布に影響して肺の病となる。
臨床症状は、現代医学で言うところの慢性気管支炎、肺気腫、気管支拡張症、肺結核などは内傷咳嗽の範疇である。
病因と病理
1,慢性疲労や飲食不節により脾虚(胃腸が弱り)となって運化が失職すると、水穀の精微(食物の栄養物質)を輸布することができず、痰を生じ、上部の肺にたまり、気機が塞がって(正常な生理作用が乱れ)、気逆が生じて咳となる。
2.イライラにより肝鬱気滞して、昇発疏泄の機能が失われ、長ければ火を生じて肝火上炎すると肺臓が薫灼クンシャクされ、津液が炒められ痰が生じるが、それによって肺気の粛降(生理作用)が阻害されて咳嗽が生ずる。
3.脾虚などで肺臓が虚損され、肺陰が虧耗し、清潤が失われると肺気は上逆して咳嗽となるが、肺陰虚なので痰は少ない。
4,なんらかの原因で肺気が不足し、衛外が不固となり(防御機能が不能となり)、外邪は容易に侵入し、肺の清粛作用が無権となり、気短(呼吸促迫)となり咳となる。
5,長く咳が続いて肺を傷めると、肺の障害が腎に及び、腎陰が不足して、上部にある肺を潤すことができず、虚火が上炎して、肺陰を灼傷し、腎陽も不振となり、腎による気化がおこなわれないので水を化すことができず、水は上部に溢れ痰となり咳や喘息となる。
鑑別と治療法
内傷咳嗽の始まりは緩慢であり、往々にして比較的長く咳の病が先にあり、その他の臓腑の失調症状や疲労して無力や、食欲不振、大便がゆるい、胸満脇痛などがあって咳が生ずる。
治療は、臓腑を調えることを主とし、胃腸を調えて痰を消し、肝火を清泄して、肺を養い腎を補う等、内傷咳嗽は常に虚弱の中に、邪実である実証が存在する病で、詳細に鑑別して治療の本治(根本療法)と標示法(対症療法)をあわせて考える。
1,痰湿犯肺・・・二陳湯加減・六君子湯・半夏白朮天麻湯・柴朴湯
2,肝火犯肺・・清気化痰丸合黛蛤散加減・加味逍遙散・大柴胡湯・柴胡加竜骨牡蠣湯・柴朴湯
3.肺陰虧損・・養陰清肺湯合沙参麦門冬加減・八仙丸・生脈散合補中益気湯
4,肺気不足・・人参五味湯加減・八仙丸合補中益気湯・生脈散合補中益気湯
5,肺腎陽虚・・・八味丸加減・肺陰虚はあるが肺の陽虚は存在しないので腎陽虚のみを考慮する。
内傷咳嗽は、多くは慢性で反復して発作を生じ、病根は比較的深く、早期に治療することは難しいので、耐えて治療する心が必要である。
同時に、気候の変動に注意し、飲食や生活を調え、風邪を防ぎ、タバコや酒や怒りなどのストレスを戒め、食事は薄味で滋味を心がけ、適当に鍛錬をおこなって体質増強し、体力をつけて抗病能力をたかめれば、根治の目的に至るだろう。
(1)痰湿犯肺・・・二陳湯加減・柴朴湯・六君子湯・半夏白朮天麻湯
主要症状は、咳嗽が反復して発作が生じ、痰が多く色は白く粘る。発作は明け方に比較的多く胸が苦しく、或は食欲不振で、疲労し力無く、軟便で舌苔は苔が白く厚く、脈は濡滑。
治療は、燥湿健脾・粛肺化痰で、二陳湯加減。
二陳湯加減:燥湿健脾・粛肺化痰:陳皮2g 半夏3 茯苓3 甘草2 杏仁3 厚朴2 炒紫苑4 炒款冬花4。
加減法
1,気急痰多では、蘇子ソシ3g、白芥子ハクガイシ3 莱菔子ライフクシ3を加え、化痰降気する。
蘇子:紫蘇の実、白芥子:芥子の種 莱菔子:ダイコンの種。
三子養親湯・三子湯:韓氏医通:蘇子・白芥子・莱菔子各3gを微かに炒め、砕いて水煎服用する。
2,寒象が明らかなら、細辛1g 乾姜1~2gを加え、温肺化飲とする。
3,舌苔厚じなら、蒼朮3gを加え、燥湿健脾を強める。
4,痰濁が化熱し、喀痰が黄色く粘り生臭ければ肺炎を疑い、鮮芦根10~20g、冬瓜子トウカシ4g、杏仁3g、魚醒草ドクダミ10g、黄芩4gを加え、陳皮、半夏、厚朴などを斟酌して減量して、清化痰熱をめざす。
5,痰湿咳嗽が好転したら、六君子丸(湯)を用い、健脾化痰して治療効果を強める。
(2)肝火犯肺・・・・清気化痰丸合黛蛤散加減・加味逍遙散・大柴胡湯・柴胡加竜骨牡蠣湯・柴朴湯
主要症状は、こみ上げる咳嗽で、咳は連続し、顔や眼は赤くなり、喉はかわき、熱苦しく、口が苦く、咳をすると脇肋が痛み、ひどいと咳によって鮮血を嘔吐する、舌苔黄で湿り気は少なく、脈弦数。
治療は、清肝瀉肺で、青金化痰湯合黛蛤散加減とする。
桑白皮3g 黄芩3g 山梔子3g 栝楼仁4g 象貝母3g 知母3g 麦門冬3g 生甘草1g 桔梗2g 黛蛤散4g(包煎)
加減法
1,痰は粘り、こみ上げる咳には、枇杷葉4g、馬兜鈴2gを加え、清肺降気する。
2.喀痰がすっきりでない時は、海浮石3g、淡竹瀝5gを毎日2回服用し、清熱化痰する。
3.脇痛には桔絡(橘絡)1gを配合し、化痰通絡する。
桔絡(橘絡)きつらく:ミカン科柑桔の繊維管束で、網の目状である。苦甘平で、鎮痛袪痰作用があるので、咳嗽や外傷で胸脇部が痛む時に使用。1~2g使用。枳殻・絲瓜絡・柴胡などを配合して用いる。
4.痰中に血液を帯びる時は、茅根10g、側柏葉3g、藕節5gを加えて涼血止血する。
(3)肺陰虧虚・・肺陰虧損・・養陰清肺湯合沙参麦門冬加減・八仙丸・生脈散合補中益気湯
主要症状は、長く咳が止まず、ひどければ声がかすれ出なくなり、痰は少なく粘り、痰には血糸を帯びる。喉や口は乾き、痩せてきて、午後に潮熱を発し、両側の顴紅が生じ、手足の平は熱を感じ、不眠で寝汗をかき、精神疲労で力無く、舌紅苔少で、脈細数である。
治療は、養陰清肺・化痰止咳で、養陰清肺湯合沙参麦門冬湯加減とする。
麦門冬4g 生地黄4g 玄参g 南北沙参各3g 玉竹3g 貝母2g 甜杏仁3g 苦杏仁3g 百部4g
加減法
1,痰中帯血に白芨ビャッキュウ3g 阿膠3g(溶かして衝服)を加え、補肺止血する。
白芨:ラン科シランの地下塊茎:苦甘淡微寒:収斂止血・消腫生肌:肺・胃の出血:肺結核の喀血に白芨枇杷丸。
2,肺からの出血量が多ければ十灰丸4g(包煎) 黄芩3g 大黄2~3gを加えて降火止血する。
十灰散じっかいさん:十薬神書:涼血止血:大薊 小薊 薄荷葉 側柏葉 茅根 茜草根せいそうこん 山梔子 大黄 牡丹皮 棕櫚皮 各等分を炒炭して粉末にし、藕汁か大根汁と京墨とともに1回3g服用・水煎服用も可。
3,午後の潮熱には地骨皮3g、銀柴胡2g、鼈甲5g(先煎)を加え、滋陰退熱する。
銀柴胡・銀胡:ナデシコ科銀柴胡の根:甘微寒:腎胃経:涼血・退虚熱:「虚熱の良薬」:血熱を冷ますが発散しない。
4,咳して喘息する者には、五味子2~3g 沈香粉0.3g 熟地黄4gを加え納気平喘する。
5,腰膝酸軟、夢精・滑精(精液が漏れる)など腎陰虚の者には、八仙長寿丸加味を加える。
(4)肺気不足・・人参五味湯加減・八仙丸合補中益気湯・生脈散合補中益気湯
主要症状は、呼吸促迫で自汗、咳の声は低く無力であり、精神は弱り寒そうであり、風邪をひきやすく、舌苔薄白、舌淡紅、脈軟弱。
治療には、益気粛肺で、人参五味湯加減を用いる。
人参五味湯加減:益気粛肺(肺気不足):太子参5g 麦門冬3g 五味子2g 茯苓4g 甘草1g 紫苑4g 白前3g 桔梗2g 生姜2片 紅大棗5枚。
加減法
1,寒がりで痰がうすければ、乾姜1~2g 陳皮2g 姜半夏3gを加え、麦門冬を減去して温肺化痰する。
2,感冒になりやすく自汗には玉屏風散5g(包煎)を加えて固表止汗する。
3.軟便には、白朮3g 炮姜1gを加えて健脾温中する。
4,高齢者で体が弱く、寒がりで咳嗽を反復する者には、党参3g 白朮3g 乾姜1~2g 細辛1gを加え、麦門冬と太子参を去り、益気散寒する。
(5)肺腎陽虚・・・八味丸加減・肺陰虚はあるが肺の陽虚は存在しないので腎陽虚のみを考慮する。
主要症状は、咳嗽して痰が多く、痰は稀薄で泡沫状で発作を反復し、胸が一杯になり呼吸促迫し、動けばひどくなり精神が弱り話たがらず、声は低く弱い、寒がり背中が冷え、腰膝酸軟、夜間多尿、舌体白滑、舌質淡胖でしまりがない、脈沈細弱。
治療には、温陽益腎・降逆納気して、腎気丸加減とする。
腎気丸加減:温陽益腎・降逆納気:附子2~3g(先煎) 肉桂0.3~1g(後下) 山茱萸3g 山薬4g 茯苓4g 陳皮2g 半夏3g 熟地黄4g 胡桃肉3g。
加減法
1,胸が一杯に苦しみ、呼吸促迫には、紫蘇子4g 厚朴2g 杏仁3g 沈香0.3gを加え、理気降逆する。
2,咳がひどくて痰が稀薄には乾姜2g 細辛1g 五味子2gを加え、温化痰飲する。