しわがれ声・失音

1. 寒包内熱:寒邪が熱を内包:麻杏甘石湯加味

2. 干咳咽燥:乾燥した熱を上部に受ける:清燥救肺湯合増液湯加減

3. 肝火犯肺かんかはんはい:木火が肺を犯す:麦門冬湯合養金湯加減

4. 陰虚労嗽:百合固金湯加減・八仙丸・生脈散合六味丸

失音とは言語を発声する時に、その音がかすれたり、声がでなかったりすることを指す。しわがれ声と失音(失声)は、病状の軽重あるいは病状の深浅の違いを言い、ともに同一の範疇の病証に属し、総じて失音と称する。

音の出る所は肺で、声は会厭エエン(喉頭蓋こうとうがい:喉頭の入り口を覆う、ふた状のもの。舌根のすぐ後ろにある高まりで、飲食物が食道へ行くように喉頭をふさぐ)を通る。

腎は音を発する根(元)であり、その腎脉(腎系の経絡)は舌本(舌の奥)と関係し、会厭と舌本は声音の門戸であるので、肺腎の二経絡は失音の鍵である。

臨床上は、暴音失音(大声を出して失声)や久咳失音(咳が長く続いて声がでなくなる)、虚証で労嗽ロウソウ(肺結核など慢性疲労による咳)による声嗄セイサ(しわがれ声:嗄声)、ならびに職業(教師、文芸家・歌手など)の号叫ゴウキョウ大過で会厭エエン(喉頭蓋・声帯?)をを傷つけ声音の異常となるものがある。

現代医学では、急性喉頭炎、喉部粘膜の充血と声帯の充血・浮腫で音調が改変し、症状の軽い場合は声音がしわがれ、重いものは失音し、慢性の喉頭炎がしわがれ声や失音をもたらすことはよくみられる。(煙草を吸いながら酒を飲みカラオケでうなるスナックのママはガラガラ声が多い等)

病人の声帯が慢性的に充血し、部分的に咽の粘膜の活動が損害を受けるに到って、間歇性のしわがれ声や持続性のしわがれ声となる。本病証はその症候と病理変化に従い、虚実の弁証と照らし合わせて治療すべきである。

病因病機(病気の原因としくみ)

1. 寒邪が熱を内包:

外界より邪(風寒暑湿燥火)を受け、体内に痰熱が伏し、気分は閉塞して、ひどい咳で咽が痛み、邪痰は上部に燃え上がり、麻痺して音(声)を失う。

2. 乾燥した熱を上部に受ける

咳嗽は痰が少なく、或は無痰で、燥邪(外邪の一つ:風寒暑湿燥火)が肺を傷り、気は火となり上部につまって留まり、咽の津液の潤いが乏しくなり、咽との間が痛み、声音がしわがれる。

3. 木火が肺を犯す

(木は五臓の肝のことで、肝火はイライラで生じる)情緒急躁で号叫大過(大声を出しすぎて)で高音で声を用い過ぎて津液を消耗して、会厭エエン(喉頭蓋・声帯)を損傷し、長く続くとしわがれ声や失音を生ずる。

4. 陰虚労嗽:(潤い不足で熱が生じ易い、肺結核の類)

肺腎陰虚、陰虚で火が生じて金(肺)を焼き、強い熱はその津をあぶり、性交過多では精を失い、津(津液)と精(精液だけではない生命力)ともに失い、上に受ける物はなく、咽喉舌本は声がしわがれて失音となる。

弁証施治

失音の症状の弁証の要点は、先ず病が暴瘖ボウインに属するのか、久瘖キュウイン(瘖:漢音イン、呉音オン:おし、おし(唖))であるかをはっきりと分けることである。

もしくは虚実あるいは虚実錯雑の証であるかを弁別する。

暴瘖ボウイン(突然おし(唖)になること)の者は、実証が多く、その原因は、多くは風寒、風熱、或は燥火の邪が肺竅(肺の穴)をを傷つけて失音となる。

失瘖シツインの者は、その原因は労咳(肺結核などの疲労が原因)、久咳で肺を傷り、また、陰虚して内熱し、津液を消耗して肺を炙り失音となる。治療は滋補肺腎(生脈散合六味丸、八仙丸など)、虚火を清めて開音する。

あわせて肝火(肝の昂ぶりイライラによって火が生じそれ)が肺を犯すこともあり、号叫大過にして会厭を傷り失音する者の治療は益肺降火し、清潤開音の方法とする。

しかし頭部外傷後の失語、中風後の不語証、或は頸部や食道の術後や腫瘍の圧迫による音声が出ない者は、その原因が他証の発病あるいは術後の後遺症によるものは、皆本証の弁証論治の範囲には属さない。

1. 寒包内熱

主症:外寒発熱、咳嗽の音が粗く、しわがれ、咽喉が赤く痛み、喀痰が黄色で、脈弦滑で数、舌苔薄白、舌質紅あるいは舌中が紅で舌苔が剥がれている。

治法:衛分えぶんの寒邪を辛散し、甘寒をもって気分の熱を清め、その音痺(咽の麻痺)を開く。

方薬:麻杏甘石湯加味

炙麻黄2 光杏仁3 生石膏10(先入してよく煎じる) 鮮芦根センロコン10(去節) 生甘草2 象貝母バイモ3 炒牛蒡子3 射干片ヤカンヘン2 浄蝉衣ジョウセンイ2 軽馬勃ケイマボツ1 開金鎖カイキンサ10。

芦根ろこん・葦茎いけい:イネ科・アシ:清肺瀉熱・清熱生津:抗菌・解毒:魚・蟹・ふぐ中毒:肺熱に用いる:葦茎湯・銀翹散・桑菊飲に配合。

貝母:アミガサユリの鱗茎:苦・寒:開泄肺気・清熱散結:鎮咳薬に配合。

牛蒡子ごぼうし・牛子・鼠粘子ソネンシ・大力子:キク科ゴボウの種:辛苦寒:肺胃経:辛苦寒:肺・胃経: 疏散風熱、袪痰止咳、解毒消腫:風熱の咽痛・麻疹初期の透疹・風熱時の便秘:牛蒡湯。

射干やかん:アヤメ科ヒオウギの根茎:苦寒:肺肝経:清熱瀉肺・利咽:消炎・利尿・袪痰:感冒による咳嗽で痰が多い時にもちいる・咽喉の腫脹疼痛:2~3g:射干麻黄湯。

射干麻黄湯:金匱要略:平喘止咳・温肺化痰:寒痰による喘咳・呼吸困難:射干2 麻黄1 生姜1 細辛0.5 五味子0.5 紫苑3 款冬花2 製半夏3 大棗2g。

加減法

上の処方中の麻黄は辛温の性質があり、

肺衛の寒を散ずる作用があり、

胃経の熱の気分を清する作用がある。

咽喉は肺胃の門戸であり、邪が侵入すると外寒が内に熱を生じて失音になる。よく辛温を選用して甘寒の二味を同様に用いると効果がある。

もし外寒の症状がなく、すなわち悪風・悪寒の症状はすでに去っているなら麻黄、石膏を除き、連翹れんぎょう3g、銀花4g(金銀花きんぎんか)を加えて辛涼清熱とするとよい。

連翹:モクセイ科連翹の果実:苦微寒:心胆経:清熱解毒・疎風清熱・消腫排膿:抗菌・強心・利尿:熱性疾患・化膿性疾患の重要な薬物:目耳鼻皮膚の薬:3~5g。

連翹:苦寒:心肺経:清熱解毒・清心熱・消瘡:皮膚や頭頸部の風熱を散じ、熱毒による発疹を消す。心熱を冷ます:金銀花は解表し、連翹は心熱を冷ます:3~5g。

金銀花・忍冬ニンドウ:清熱解毒・芳香化濁:皮膚や頭頸部、肺の熱毒を除き、湿濁を化す:金銀花は解表し、連翹は心熱を冷ます:3~6g。

2. 干咳咽燥(空咳で咽が乾燥)

主症:燥熱咳嗽、痰が少なく、あるいは無痰で咳は劇烈で血痰となり喘息で咽痛があり、発音できず咽・舌は乾燥し、乳蛾にゅうがが赤く(焮紅キンコウ)、脈は弱く滑数である。(乳蛾:扁桃腺が赤く、黄白色の膿状の分泌物をもつ)(焮:漢音キン:熱い、あぶる)

治法:益気生津、清燥潤肺して音(声)を開く。

方薬:清燥救肺湯合増液湯加減せいそうきゅうはいとう合ぞうえきとう

桑葉(クワの葉)3g 生石膏10g 太子参タイシジン5 南沙参ナンシャジン4 生甘草2 火麻仁かまにん(麻子仁マシニン)3 陳阿膠(ロバの皮の膠ニカワの古い物が良品)3(溶かして服用) 麦門冬3 光杏仁3 炙枇杷葉4(布に包んで煎じる) 黒玄参3 胖大海バンタイカイ2枚。

桑葉そうよう・冬桑葉・:クワ科クワの成葉を乾燥:苦甘寒:肺肝経:宣肺・疏散風熱・清肝明目:風熱による肺熱を清し乾咳を潤して止咳::とくに乾咳・燥咳に適用する:2~4g:桑菊飲。

太子参たいしじん・孩児参がいじじん:ナデシコ科孩児参ワダソウの塊根:甘微苦:微温:脾肺経:益気・生津:肺の気陰両虚・滋潤性がある:滋陰降火は沙参・玄参より弱く、補気作用は党参より弱い。5~10g。

枇杷葉:バラ科ビワの葉:苦平:肺胃経:化痰止咳・降肺気・和胃止嘔・清熱:鎮咳・袪痰・健胃:上焦の熱を冷ます。肺熱を冷まし肺炎に。石膏も肺熱をさます。夏によく飲まれる枇杷葉茶:3~5g。

玄参4gげんじん:涼血解毒・降火滋陰:滋陰しまた解毒作用を示す要薬。皮膚・頭頸部に働く。冷やし潤す:滋腎陰薬:肺胃腎経:滋陰清熱・瀉火解毒(腎陰虚の薬)。

胖大海ばんたいかい:アオギリ科胖大海樹の種子:甘寒:肺大腸経:清肺熱・開肺気・潤燥・通便:消炎・降圧:発声障害を改善:毎日2~3回、1~4gずつ服用する。

増液湯ぞうえきとう:温病条辨:増液潤燥:玄参10 麦門冬8 生地黄8g:熱邪傷津(無水舟停):便秘・発熱・口渇・腹満・舌紅で乾燥・舌苔黄燥・脈細無力:増水行舟。

加減方

1. 咳で血痰がある者には仙鶴草せんかくそう10gを加える。

仙鶴草:バラ科キンミズヒキの全草:苦涼:肺肝脾経:収斂止血:身体各部の出血に広く用いる:5~10~20g:鶴柏湯かくはくとう:止血:仙鶴草10 側柏葉4そくはくよう 白芨5びゃくきゅう 藕節10ぐうせつ 大薊4gたいけい。

白芨びゃくきゅう:ラン科シランの地下塊茎:苦甘渋微寒:肺胃肝経:収斂止血・消腫生肌:肺胃の出血に用いる:白芨枇杷丸(肺結核の喀血の有名処方):散剤1~3g、煎剤2~6g。

白芨枇杷丸(肺結核の喀血):白芨10 枇杷葉5 藕節5 阿膠珠5gアキョウジュ 細末を生地黄で濃煎し、上澄みをとって丸とする。毎回1gを口に含んで溶かす。咳嗽・喀血・肺陰虚に用いる。 

2. もし咽が赤く燥熱と血痰が有る者には、阿膠を去り生藕節5(藕節グウセツ:レンコンの節:止血作用、痔出血などの止血に使う) 冬瓜子とうかし(トウガンの成熟種子)3g 炒丹皮(牡丹皮を炒める)3g

冬瓜仁とうかにん・冬瓜子とうかし:ウリ科トウガンの成熟種子:甘寒:脾胃大腸小腸経:清肺化痰・排膿:消炎・炎症性の腫脹・化膿:内臓の化膿症(内癰:薏苡仁)・熱痰の咳嗽は栝楼仁より弱い:3~4~10g。

3. 気短(息切れ)し肺気虚の者には太子参5gを加える。

3. 肝火犯肺かんかはんはい

主症:情緒が性急で、風に向かって号叫し、低い声で話し、久しくしてしわがれ声となり会厭エエンは赤く、舌苔は少なく、舌質は紅く、潤いが少なく舌に裂紋(ひび割れ)があり、脈弦滑。

治法:滋養胃津(胃の潤いを滋養する)、清肺降虚火(肺の虚火を冷ます)

方薬:麦門冬湯合養金湯加減(肺は五臓色体表では金に配当される)

北沙参シャジン3g 麦門冬4 生地黄3 生甘草2 冬桑葉ソウヨウ3 光杏仁3 肥知母3 白蜜30g「煎じた液に入れる) 粳米コウベイもちごめ一握り、胖大海2枚

加減方

1. もし目が紅く、目やになどの肝火上昇には竜胆草2gを加える。

2. 若し大便が乾燥して肺熱が大腸に移るようなら、生大黄2g(后下こうげ:他薬を煎じた後に入れて短く煎じる。長く煎じると大黄の効果が減じる)

4. 陰虚労嗽

主症:咳嗽が長く続き、咳をすると咽痛になり、五心煩熱(五心:掌心・足心の裏・胸の五カ所があつくるしい:陰虚の主症状)、煉津口乾(津液を熱し、口渇)、夜夢をみて遺精(夢精)し、津液・精は枯渇し、語る声はしわがれ声となり、舌苔赤みが強く、乾燥し、脈細数。

治法:養陰清熱(陰虚を補い、虚熱を冷ます)、滋潤肺腎(肺と腎を潤し補い)その声を開く。

方薬

百合固金湯加減

大熟地黄5g 生地黄5 全当帰3 杭白芍こうびゃくしゃく3(杭州産の白芍) 玉桔梗1.5 川百合センヒャクゴウ(ユリの鱗茎)3 鉄笛丸テツテキガン(含んで飲み下す)

百合ひゃくごう:甘苦微寒潤:ユリ科オニユリ・ササユリの鱗茎:甘苦微寒潤:心肺経:潤肺止咳・寧心安神:3~10g。

百合ひゃくごう:「神農本草経」の中品「味は甘く平。川谷に生ず。邪気、腹脹、身痛を致死、大小便を利し、中を補い、気を益す」:3~10g。

肺腎陰虚の薬の百合固金湯ひゃくごうこきんとう:医方集解:滋陰清肺・化痰止咳:肺陰虚に使用:生地黄4 熟地黄3 麦門冬5 玄参3 当帰3 白芍3 百合5(冷やし潤し止咳) 川貝母3 桔梗2 生甘草3:八仙丸はっせんがん。

加減方

もし 陰茎が、しばしば勃起して精(精液)を漏らし、虚火が盛んな状態に偏るなら、川黄柏3g 肥知母ちも3 北芡実けんじつ4gを加える。

芡実けんじつ:スイレン科芡の成熟種子の仁:甘渋平:脾腎経:健脾止瀉・補腎固精・袪湿止瀉:3~6~10g:芡実は補腎固渋し健脾するが、蓮子は清心が主で益気健脾する:金鎖固精丸。

金鎖固精丸:医方集解:腎気不固の治法:固腎渋精:精液が漏れ易く、顔色白く、精神疲労、頭眩、腰がだるい、脈沈弱:蓮鬢3 潼蒺蔾3 芡実4 竜骨6 牡蠣5ぼれい 蓮子3れんし:丸薬とし1回2~3g服用。

蓮鬚レンシュ:蓮の花芯:甘平渋:渋精止血:遺精・白色帯下・頻尿:3g。