心痛・冠心病・心筋梗塞

気滞血瘀:血府逐瘀湯加減
胸陽痺阻:栝楼薤白半夏湯合桂枝甘草湯
痰濁内阻(寒痰:導痰湯合栝楼薤白湯加減、痰熱:黄連温胆湯加味)
気虚血瘀:益気活血合剤
気陰両虚:生脈散加減
気虚陽衰:益気温陽強心湯
陰虚陽擾:天王補心丹加減

冠心病は、中医学では胸痛の範疇に属し、胸痛は胸部に発生する痞塞を主症状とする一連の疾病で、その痛みは、常に頸や肩などの部位に放散し、或は動悸や息切れをともない、ひどければ四肢が厥逆して、手足の先から肘・膝まで冷えが生じ、唇は青紫色を呈する。

昔の中国の医学では冠心病という病名はなかったが、早くも「内経」に冠心病に対する記述がみられる。

「霊枢・厥冷篇」には、「真心痛シンシンツウは手足の関節にまで青くなり、心痛がひどく、朝に発症して夕べに死す、夕べに発症して翌朝に死す」とある。

張仲景の「金匱要略」の中に、「胸痺キョウヒ」の概念があり、「金匱要略」の「胸痺の病は、喘息し咳が重く、胸背が痛み、息切れするのは・・・栝楼薤白半夏湯これを主る」と冠心病の病理がしるされ、証治のために一歩進んだ詳細な記述があり、後世の医者が用いる中医中薬による冠心病の治療に極めて珍しく貴重な文献資料を提供している。

栝楼薤白半夏湯:気滞血瘀による胸痞に:栝楼実3gかろじつ 薤白4gがいはく(ラッキョウ) 半夏6g の三味に濁酒(どぶろく)40ccに水400ccを加え煮て200ccに煮詰め3回に分服。

栝楼・栝楼仁・栝楼実:楼仁:楼実:ウリ科シナカラスウリ・キカラスウリの成熟種子:苦寒:肺胃大腸経:清熱化痰・潤肺化痰・利気通便・理気寛中:栝楼薤白半夏湯は気滞血瘀で生じた胸痞に適応:2〜6g。

薤白がいはく:ユリ科チョウセンノビル・ラッキョウの地下鱗茎:苦辛温:肺胃大腸経:温中通陽・行気止痛:お腹を温め陽気をめぐらし、気の流れを促して止痛する・胸痺の常用薬:3〜6g。

半夏ハンゲ・法半夏・姜夏・製半夏3・蘇夏・清半夏(明礬水ミョウバンスイ):辛温:燥湿化痰・降逆止嘔・消痞散結:サトイモ科カラスビシャクの球状塊茎:制吐・催吐(生半夏)・鎮静・眼圧低下・袪痰:3〜4g。

病因と病理

1,気候変化は、邪気が容易に外から侵入し、外邪が心胸に侵入して留まり胸痛を発症する。もっとも、もともと体が陽虚の者では、冷え症のために心脈に寒さがとどまり、心脈が攣急すれば、容易に心痛を発生する。

2,腎気不足で陰陽が失調していたり、体がもともと腎虚であったり、老年で腎が衰え、腎気虚となり、そのため鼓動と温める作用が失われ、心気の推動が無力となり、胸陽が不振となると気滞血瘀が生じ、痰湿が停聚テイジュして、胸痛が発生する。

3,精神的な過剰なストレスが五臓を傷め、生理機能が低下し、気の流れが阻まれる状態が長くつづくと、容易に血行は瘀滞オタイし、心脈の機能が落ち、胸痛が見られるようになる。生理機能の低下では、痰が生じ痰が集まり、その痰湿が機能低下をもたらすと、冠動脈は狭窄して心痛を生ずる。

4,飲食不節では、痰濁が生じる。肥るような甘い物を過食したり、脂っこい物や飲酒を多く嗜む習慣は、胃腸機能を低下させて、湿濁が体内に生じるので、それによって心脈が阻まれ心痛となる。

5,終日安穏に暮らし、鍛錬が欠けると胸陽は振るわなくなり、気血の運行も悪くなり、或は肥満となると、心脈の血行障害となり胸痛が発生する。

症状を分析し治療する(弁証論治)

冠心病は中医臨証では「本虚標実」に属する。本虚(病因の元)は、陰陽とも損なわれ、臓腑の弁証では、関係する主要な臓は、心、脾(胃腸)、腎である。

標実(症状をもたらす直接の原因)の主となるのは、気滞、血瘀、痰阻であり、治療上、中医で遵守すべきは「症状が急なればその標(症状)を治し、緩徐であればその本(根本原因)を治す」の法則がある。

冠心病の心絞痛の発作時は、理気活血や袪瘀・芳香温通して、痹ヒ(ふさがり)を通じて温め、或は化痰して濁を去り、痰飲を駆逐し降逆する。ただし、患者の正虚が明らかならば、まず標(症状)を治し、「通」の方法を用いて正虚も一緒に補い、いわゆる「通補兼施」とする。

痰飲の基本症状は、眩暈、多痰、浮腫、嗜眠、小便不利、しこり、朝の起床時の顔のむくみ、疲労時の顔のむくみや手足のむくみ、軽い咳払いで簡単に痰がでる体質、閑な時すぐ眠くなる:痰飲を取る基本処方は、二陳湯。

二陳湯:燥湿化痰:半夏5、陳皮4、茯苓5、生姜1、甘草1:痰飲の基本処方

冠心病の安定期にあっては、治療は本治法を主とする。実証の者もまた常に此れを考慮する必要がある。

冠心病の患者は、胸痛が激烈に出現し、その持続痛は休むことがなく、酷ければ汗が出て手足が冷たくなり、呼吸は促迫し、意識がなくなるのは心脈が不通となっていて、心気がほとんど衰えた危険な症状なので、芳香温通(六神丸や救心など)と回陽救逆(四逆湯:回陽救逆・温中散寒:附子1g、乾姜2g、炙甘草3g)のの方薬を同時に用いる。現代医学の技術も用いる必要がある。

1,気滞血瘀の場合

主症状:心痛の場所が固定している固定痛で、太い針が胸を刺すような痛みで、夜間にもっとも痛みはひどくなり、舌の色は紫暗色或は瘀斑があり、脈は細渋である。

治法:行気活血・袪瘀止痛
処方薬は、血府逐瘀湯加減:行気活血・袪瘀止痛:気滞血瘀:桃仁3g 紅花2 当帰3 赤芍3 川芎2 柴胡2 枳殻3 丹参7 香附子3 延胡索3 鬱金3g。

加減法
(1)心痛が頻発し、血瘀が重い者は、三棱(山棱)、莪朮、三七、地鱉虫じべっちゅう(シナゴキブリ)を用いて破瘀通絡すべきである。

三稜さんりょう・山棱・荊三棱ケイサンリョウ:カヤツリグサ科荊三棱ウキヤガラの塊茎:苦平:肝脾経:破血袪瘀・(三稜+莪朮:破血行気):腹腔内腫瘤・月経不順:1〜3g:莪朮との配合では等量の人参か党参・黄耆で補元気する。

莪朮がじゅつ:ショウガ科莪朮の根茎:苦辛温:肝脾経:行血破瘀・攻逐積滞:抗腫瘍・健胃・気滞血瘀による月経不順・腹腔内腫瘤:三棱との配合では等量の人参か党参・黄耆で補元気する:1〜3g。

䗪虫しゃちゅう:地鱉虫ジベッチュウ・土鱉虫:シナゴキブリの雄の全虫:鹹寒:有毒:肝経:破血逐瘀・續筋骨:筋骨折傷,瘀血閉経,癥瘕痞塊。血瘀による肝腫大及腰痛、捻挫:妊婦は禁忌:2〜3gを酒で。

(2)中成薬や丹参の注射を用いる。

丹参:シソ科タンジンの根:苦微寒:心・心包経:活血袪瘀・涼血・養血安神:血管拡張・鎮静・精神安定・鎮痛・肝不全の疼痛・神経衰弱・動悸・不眠・煩躁・不安など心血虚:天王補心丹:2〜5g〜10〜20g。

2,胸陽痺阻の場合

主症状:心絞痛、寒さで心痛が誘発されたり加重され、四肢が冷たい、舌苔薄く舌質は淡あわい。脈は遅。

治法:宣痺通陽・散寒止痛
処方薬:栝楼薤白半夏湯合桂枝甘草湯出入:宣痺通陽・散寒止痛:胸陽痺阻:栝楼4 薤白3 枳実3 桂枝3 半夏3 丹参7 檀香1(後下) 降香1(後下) 甘草2g。

檀香だんこう・白檀びゃくだん:ビャクダン科檀香ビャクダンの木質心材:無い時は降香で代用:辛温:脾胃肺経:理気散寒・止痛:気滞による胸部や腹部の疼痛に用いる。胃痛・狭心痛・疝痛:0.5~1g粉末を沖服、煎剤では1〜2g。

降香こうこう・降真香:ミカン科降香の木部乾燥:辛温:肝経:理気止痛・袪瘀止血:打撲捻挫・陰虚火旺や血熱には禁忌:粉末0.8~1gを衝服、煎剤1〜2g:冠心二号方に配合。

加減法:中成薬の栝楼片或は栝楼の注射を選用。

3,痰濁内阻

(1)寒痰

主症状:心絞痛あるいは胸中煩悶、口淡無味、食後すぐ腹脹、舌苔が白く厚い、脈滑。

治法:袪痰袪濁・散寒止痛
処方薬:導痰湯合栝楼薤白湯加減:袪痰袪濁・散寒止痛:寒痰の痰濁内阻:半夏3 陳皮2 茯苓4 枳実3 栝楼4 薤白3 蒼朮3 石菖蒲3 もう石滾痰丸10g(包煎) 桂枝2 旋覆花3(包煎) 製南星2 鬱金3g。

導痰湯:済生方:竹筎温胆湯加天南星(天南星は単味がある):痰迷心竅:製半夏3 陳皮2 製南星3 枳実2 茯苓2 炙甘草1 大棗1 乾生姜1:痰迷心竅で熱証のみられない舌体白じ・脈弦滑の時に使用:温胆湯の竹筎を製南星に替えた処方。

(2)痰熱

主症状:心絞痛、口苦・口乾、舌苔舌苔黄じ(黄色がかった厚ぼったい舌苔)、舌質紅、脈滑数。

治法:清化痰熱、通絡止痛
処方薬:黄連温胆湯加味:清化痰熱、通絡止痛:痰熱の痰濁内阻:黄連0.5〜1 製半夏3 陳皮2 茯苓4 炒枳殻3 竹筎3 鬱金3 栝楼0.5g。

                         
4,気虚血瘀

主症状:心絞痛は固定痛で刺痛、動けば息切れし、力無く疲れ易い、面色少華、汗をかき軟便、舌苔薄、舌淡、或は舌暗色で瘀斑有り、脈沈細。

治法:益気強心・活血通脈
処方薬:益気活血合剤:益気強心・活血通脈:気虚血瘀:
黄耆10〜20 党参5 丹参10 黄精5 赤芍3 鬱金3g。

黄精おうせい:ユリ科黄精カギクルマバナルコユリの根茎:甘微温:脾肺経:補脾潤肺:滋補強壮・抗菌・肺陰虚の咳嗽:3〜10g。

鬱金うこん・広鬱金・川鬱金・玉金:ショウガ科姜黄キョウオウ(広鬱金を一般に使う)、鬱金ハルウコン(川鬱金は薬性が温和・温鬱金)の塊根:疏肝理気・解鬱袪瘀・止痛・健胃・利胆:ターメリック:1〜3g。

5,気陰両虚

主症状:心痛隠隠、胸悶し息切れ、乏力自汗、口乾少津、脈細。

治法:益気養陰・疏通心脈  
処方薬:生脈散加減:益気養陰・疏通心脈:気陰両虚:党参5 麦門冬4 五味子2g 北沙参4 丹参7 石斛4 生地黄3 炙甘草2 赤芍3 白芍3 天花粉5g(括楼根)。

生脈散:人参6・五味子3・麦門冬6(生脈散合炙甘草湯・生脈散合補中益気湯・生脈散合真武湯)  

加減法
麦門冬4g、静脈内に40毫升(40ミリリットル)。

6,気虚陽衰

主症状:隠隠と心痛し、胸悶して息切れ、咳逆して寄りかかって呼吸し、重症では気急して横臥できず、手足は冷え、面色少華、尿少浮腫、舌苔薄、舌質淡或は淡胖タンハン。脈沈細無力あるいは沈細にして遅、或は結代を伴う。 

治法:益気温陽・強心利水
処方薬:益気温陽強心湯:益気温陽・強心利水:附子4(先煎) 桂枝2 生黄耆10 党参6 補骨脂6 車前子10(包煎) 当帰3 丹参5 茯苓4 猪苓5 鬱金3g。

補骨脂ほこつし・破故紙はこし:マメ科オランダヒユの果実:辛苦大温:脾腎経:補腎温脾・固精縮尿:脾腎陽虚:五更瀉ごこうしゃ・頻尿・夜間多尿に用いる:冠動脈拡張・外用は白癜風のメラニン新生促進:1〜2g。

加減法
参附(人参・附子)注射を静脈内10毫毛。

7,陰虚陽擾いんきょようじょう

主症状:胸痛、面赤顴紅、手足の平が熱い、夜寝盗汗、口乾するがそれほど飲みたがらない。或は、頭暈眩暈を伴い、腰膝酸軟、舌苔少、舌質紅、脈細数。

治法:滋陰降火・養心平肝 
処方薬:天王補心丹加減:滋陰降火・養心平肝:生地黄3 天門冬3 麦門冬3 五味子2 当帰3 柏子仁3 酸棗仁3 潼蒺蔾3 枸杞子3 太子参5 丹参7 茯苓4 玄参3 沙参3 白芍4 生石決明10g(先煎)。

加減法
(1)もし失眠・口内炎が生じ心悸や焦躁感など心火上炎の時は朱砂安神丸を用いるとよい。小便が黄赤で熱が小腸に移る者には黄連・竹葉などを加える。

(2)もし寒さを訴え、舌紅から舌淡に転じる場合は処方を変えて炙甘草湯とする。

(3)脈結代が比較的多い者には福寿草片を用いる。

その他、冠心病の心絞痛の発作時には、即効性のある中成薬の蘇合香丸1粒、冠心蘇合香丸1〜2粒、蘇冰滴丸2〜3粒ソヒョウテキガン、麝香保心丸1〜2粒を服用あるいは舌下に含む。往々にして心絞痛が大変早く緩解する。                                                       

以上、冠心病に関する中医の弁証は、分類すると
気滞血瘀
胸陽痺阻
痰濁内阻(寒痰、痰熱)
気虚血瘀
気陰両虚
気虚陽衰
陰虚陽擾いんきょようじょう
の七型となる。

但し臨床上は、症状は往々にしてこの典型ではなく、寒熱虚実となったり相互に混雑しているので、仔細に弁証すれば良効を得ることができる。心病で危篤の者は、必ず中医と西洋医学を併せて治療すべきである。