麦門冬湯の解説

2025/3/7~9改訂

麦門冬湯

麦門冬湯:滋陰益気・補益肺胃(胃陰虚・肺陰虚)・咳逆上気を降気:

麦門冬10 人参2 半夏5 炙甘草2 粳米こうべい5 大棗3g:口乾の吃逆シャックリに一服で効く:消渇病(糖尿病など)で多食善飢だが体重減少がある陰虚につかう。

肺陰虚証の主症状:乾咳・無痰・血痰・嗄声・口乾・五心煩熱・皮膚乾燥:麦門冬湯・滋陰降火湯・養陰清肺湯・沙参麦冬湯。

滋陰降火湯(万病回春)滋補肺腎・清熱:当帰 白芍 生地黄 熟地黄 天門冬 麦門冬 白朮 陳皮 黄柏 知母 炙甘草 生姜 大棗:肺腎陰虚に

麦門冬・麦冬ばくどう:ユリ科ジャノヒゲの塊状根:甘微苦微寒:潤燥生津・化痰止咳・養胃生津・清心除煩・潤腸通便:性質が滋潤で、肺を滋補するが痰を生じ易いので解表には不利。

半夏ハンゲ・法半夏・姜夏・製半夏・蘇夏ソカ・清半夏(明礬水で修治):辛温:燥湿化痰・降逆止嘔・消痞散結:サトイモ科カラスビシャクの球状塊茎:制吐・催吐(生半夏)・鎮静・眼圧低下・袪痰:3~4g。

竹筎チクジョと半夏の制吐作用の比較:半夏は痰湿による嘔吐に、竹筎な熱痰(胃熱を冷ます作用)による嘔吐に効果がある。

人参:甘微苦・微温:肺脾経:補気固脱、補脾気、生津止渇、安神益智:人参は炎症を悪化させ痰の量を増加させるので、咳嗽のあるときはのぞくのが定石である。

甘草:甘平:十二経に入る:補中益気、潤肺・袪痰止咳、緩急止痛、清熱解毒、調和諸薬:炙甘草は健脾益気・補中益気の効能が強く、胃寒・血虚・陰虚に対する補益薬に配合する時に使う。

粳米コウベイ:甘平:脾胃経:うるち米(玄米):補中益気、健脾和胃、生津除煩渇、止瀉、長肌肉・筋骨:硬い米:ねばりけがなくかたい米の意。

大棗:脾経:クロウメモドキ科棗(サネブトナツメ)や同族植物の成熟果実を乾燥:補脾胃・養営安神・緩和薬性:生姜と大棗は一緒に使い刺激やもたれを防ぐ・婦人臓躁に甘麦大棗湯加味で滋陰降火潤燥。

麦門冬湯の出典

「金匱要略・肺痿肺癰咳嗽上気病」、後漢、張機(張仲景)、196~220年(建安年間)。

肺痿はいい:肺葉は萎縮し、濁唾涎沫(唾液・よだれ)を咳吐する慢性虚弱性疾患で、久咳や燥熱傷津などの肺陰虚で生じる。

肺癰はいよう:肺が化膿し、膿血を咳吐する病症・肺炎。

麦門冬湯の金匱要略の原文(主治証)
「大逆上気し、咽喉不利するに、逆を止め気を下ろすには、麦門冬湯これを主る」

大逆上気:肺胃の津液が消耗し、虚火が咽喉に上逆し、肺の粛降が損なわれ、肺気が甚だしく上逆し突き上げるような激しい乾燥性咳嗽や喘急が起こる。肺胃陰虚で生じている。

咽喉不利:咽喉が乾燥し、不快感・閉塞感・異物感が起こること。これは肺胃の津液が消耗し陰虚となり、陰虚から虚火が津液を焼灼し粘痰を生じて咽喉不利となる。声がむせぶこともある。

大逆上気には麦門冬湯を用いて上逆している気を下ろせばよい・・としている。咽喉不利は激しい咳嗽の咳逆上気が生じ、咳吐涎沫・喀痰不爽・咽乾口燥・手足煩熱・舌紅少苔・脈虚数なども現れる。

麦門冬湯証の主治証は、肺陰虚の不足であるが、何らかの原因で胃に虚熱が生じ、胃陰不足となり、虚火が上炎して肺陰を灼傷して肺陰不足となり肺の粛降作用が損なわれて大逆上気・咽喉不利を生じている。

陰陽五行説では、脾胃(母)と肺(子)は母子関係にある。
麦門冬湯証は、母病(胃陰不足)が、子(肺)に及び、子病(肺陰不足)を起こしている。
「虚すれば則ち其の母を補う」の治療原則で、母(胃)の胃陰虚を補い津液を生じ、子(肺)の肺を潤せば、肺の粛降作用は回復し、上逆する気を下ろすことができる。麦門冬湯の主治となる。

「肘後備急方ちゅうごびきゅうほう」西晋、葛洪かっこう(281~341頃)「麦門冬湯は、肺痿にて咳唾涎沫がいだせんまつ止まず、咽喉乾いて渇するを治す」。

「聖済総録せいさいそうろく」宋、1117年(北宋の末期)北宋政府刊行。「麦門冬湯、肺痿の気塞がり、風(フウジャ)客し咽喉に伝わり、妨悶ボウモンするを治す。」

妨悶ぼうもん:妨は、さまたげる、損なう。悶は、気が滞る、もだえる。

妨悶とは、咽喉部の気が滞り、咽喉不快感・咽喉不利があること。

「医宗金鑑」清、清政府刊行、呉謙ごけん等編纂、1742年。

「この麦門冬湯は、胃中の津液乾枯し、虚火上炎するを治し、治本の良法なり、・・・麦門冬・人参・甘草・粳米・大棗にて中気(胃気)を大いに補い、以って津液を生ずる隊中に、また半夏の辛温の味を増入し、胃を開き津を行らすをもって潤肺す。あに特(タダと読む)その利咽下気に持ちうるのみならんや::」

隊中:麦門冬・人参・甘草・粳米・大棗の薬物群を指す。

『「勿誤薬室方函口訣」浅田宗伯 口授、浅田惟學攴これのり・・のりは、學へんに攴ぼくづくりの字。筆記・神林寛ひろし校訂、1878年(明治11年)

「麦門冬湯、この方 肘后チュウゴ(肘後備急方)にいう通り、肺痿咳唾涎沫センマツ止まず 咽燥きて渇する者に用いるが的治なり。

金匱(金匱要略)に大逆上気と計(かんがえ)ありては漫然なれども蓋ケダし肺痿にても頓嗽にても労嗽にても妊娠咳逆にも大逆上気の意味あるところえ用いれば大いに効ある故、この四字簡古にて深旨ありと見ゆ。

小児の久咳にはこの方(麦門冬湯)に石膏を加えて妙験あり。

さて咳血にこの方に石膏を加えるが先輩の経験なれども、肺痿に変せしとする者、石膏を日久しく用いれば不食になり脈力減ずる故、千金(千金方)麦門冬湯の類方の意にて、地黄・阿膠・黄連を加えて(麦門冬湯)用いれば工合(具合)よく効を奏す。

また聖惠(太平聖惠方」五味子散の意にて五味・桑白皮を加えて咳逆甚だしき者に効あり。

また老人 津液枯槁し飲食咽につまり膈症(噎膈イッカク・咽つかえ嚥下困難)に似たる者に用ゆ。

また大病後 薬を飲むことを嫌い、咽に喘気有りて竹葉石膏湯の如く虚煩なき者に麦門冬湯を用ゆ。みな咽喉不利の餘旨なり。

麦門冬湯の構成生薬について

麦門冬は、甘寒清潤の薬性で、肺と胃の二経に入り、養胃生津(胃陰を養い津液を生ずる)・養肺潤燥(肺陰を養い肺を潤す)の働きがあり、あわせて虚熱・虚火を清する効能があり、麦門冬湯では最重要の生薬である。

人参は、補中益気の作用で水穀から津液を化生し肺の乾燥を濡うことができる。

甘草・大棗・粳米は、平甘潤の作用で肺胃の陰液を補う作用があり、人参・麦門冬を助ける。

半夏は、降逆化痰作用がある。胃陰虚で虚火が上炎し肺の津液を焼灼して少量の粘痰を生じることがあり、粘痰のために咳嗽・喀痰困難を生じた時に半夏の降逆化痰の作用で粘痰を除去できるので、半夏の作用は重要である。

半夏は、燥湿化痰の作用があり乾かすので肺胃陰虚には逆効果とおもえるが、麦門冬湯には麦門冬八升、半夏一升で、大量の麦門冬を使用するが少量の半夏の配合は滋潤作用のもたれを防止する妙味な効能を発揮する。

また、半夏には開胃行津作用があり、麦門冬湯証では肺胃の気が気逆を起こしている状態で、麦門冬湯で津液を生じても散布できないが半夏の開胃行津作用で、津液を全身に散布し潤すことができる。

更に、半夏は麦門冬の粘じ性を緩和する。多量の麦門冬の滋陰生津ではその粘じ性で中焦脾胃の気を停滞させることがある。少量の半夏は粘じ性を緩和するので、脾胃の気を停滞させない。

麦門冬湯の特徴は、大量の麦門冬の配合中に、上記の少量の半夏の働きをさす「潤中に燥あり」である。

さらに、麦門冬湯は、「培土生金」で、意味は「脾土の気を培い(つちかい:育てる)金気(肺気)を生じる」。麦門冬湯の症状は肺にあるが、病の源は脾胃にある。

麦門冬湯の主治

1,肺陰不足(肺陰虚)

肺陰虚の症状:大逆上気、咳時 顔面紅潮、無痰あるいは少痰粘稠、呑吐ドント不利、喀痰するも不爽、咽乾口燥、シェーグレン症候群の口腔乾燥症、咽喉不快感、咽喉閉塞感・異物感、咳吐涎沫、夜間に咳多発、嗄声サセイ、失音、四肢煩熱、舌質乾燥紅色、舌苔少(白黄~黄)、脈虚数。

2,胃陰不足(胃陰虚)

胃陰虚の症状:口渇、口乾口燥、乾嘔、嘔吐、飲食減少、空腹でも食べたくない、食後すぐに満腹感で食べられず、上腹部灼痛、胸焼け、吃逆、咽喉不快、嚥下困難、四肢煩熱、大便乾燥あるいは兎糞、小便短赤、舌質乾燥紅・紅絳、舌苔少(白黄)~無苔。あるいは剥苔、脈細数。

麦門冬湯の臨床応用(1)

1,発熱後の乾咳(解熱後も内熱が残留している):
麦門冬湯去大棗加竹葉石膏、竹葉石膏湯(清熱生津・益気和胃)

2,肺陰虚・高熱し、咳血・血痰:
麦門冬湯加地黄・阿膠・黄連。

3,久咳で短気・喘急・倦怠:
麦門冬湯の人参を増量。

4,久咳で脾肺気虚・気陰両虚:
麦門冬湯加五味子、麦門冬湯合生脈散。

5,疲労・過労で増悪する咳嗽:
麦門冬湯合補中益気湯、麦門冬湯合十全大補湯。

6,小児乾咳:
麦門冬湯合六味丸、味麦地黄丸。

7,妊娠咳嗽:
麦門冬湯加五味子、麦門冬湯合生脈散、麦門冬湯合四物湯。

8,咳嗽に喘急ぜんそくを伴う:
麦門冬湯加石膏、麦門冬湯合桔梗石膏、竹葉石膏湯。

9,咳嗽に悪心嘔吐を伴う:
麦門冬湯加生姜。

麦門冬湯の臨床応用(2)胃陰虚証

胃陰虚証は、過激な運動後、重労働後、暑熱の発汗後に生じて胃の和降作用が失調して発症する。

胃陰虚証の症状:乾嘔、嘔吐、不思飲食、吃逆、口渇、咽乾口燥、咽喉不快、嚥下困難、呑酸嘈雑、消痩ショウソウ、四肢煩熱、皮膚枯燥、大便乾燥、舌質乾燥紅。舌苔少(白黄)、脈虚数。胃陰虚甚だしい時は、胃の灼熱感・胃痛となる。

1,胃痛が顕著:
麦門冬湯加延胡索・香附子、麦門冬湯合安中散。

2,胃症状に全身倦怠を伴う気虚・気血両虚:

(気虚)麦門冬湯合補中益気湯。(気血両虚)麦門冬湯合小建中湯。

3,高齢者の咳嗽、消痩(糖尿病)、皮膚乾燥:
麦門冬湯合六味丸、味麦地黄丸。

4,胃症状に口渇顕著(傷津):
麦門冬湯加沙参・玉竹、麦門冬湯加地黄、麦門冬湯合六味丸、味麦地黄丸。

5,小児の乾咳:
麦門冬湯加地黄、味麦地黄丸、麦門冬湯加石膏(久咳)。

6.胃症状に嘔吐が甚だしい時:
麦門冬湯加生姜。

麦門冬湯の臨床応用(3)嗄声・失声

過激な運動後や過労後に、肺胃陰虚となり、口燥咽乾をともない嗄声や失音に麦門冬湯を応用する。咽がつまって声がかすれて出ないなど。

麦門冬湯合生脈散(人参・五味子・麦門冬)

麦門冬湯合小建中湯(気血両虚)

麦門冬湯合補中益気湯(気虚・倦怠感)

麦門冬湯の臨床応用(4)鼻・のど・気管支の乾燥

秋になり空気が乾燥してくると、呼吸器が乾燥してくる。秋~冬の乾燥には、マスク・飴・加湿器などが必要となるが、それでも津液不足になった場合は、麦門冬湯(麦門冬湯トローチ)を使し、滋潤剤とする。

麦門冬湯の対象となる症状は、鼻の乾燥、口乾、口~咽~気管支の乾燥感。声がれ、痰が出やすい、軽い咽痛が起こり易い。

同時に滋潤作用のある食品を食事に取り入れるとよい。

梨・梨の皮、氷砂糖、蜂蜜、黒ごま、松の実、やまいも、柿、バナナ。

麦門冬湯の臨床応用(5)腸燥便秘(腸液虧耗きもう)

肺と大腸は臓腑の表裏の関係にある。
肺陰不足では大腸も乾燥し、腸燥便秘を発症しやすい。
麦門冬湯は陰虚腸燥便秘に応用する。麦門冬は潤腸通便作用もある。

腸燥便秘の症状:大便乾燥、排便困難、兎糞、腹満は無い。咽乾口燥、皮膚乾燥、不思飲食、舌質紅、舌苔少(白黄~黄)。

お腹に熱の無い場合で、体の水気が不足(陰虚)して皮膚枯燥の人にはセンナが効くが、大黄・センナなどで下利する者に麦門冬湯を応用するが、強い便秘者には単独では最初は効かない。最初は麻子仁丸・調胃承気湯などを併用する。麦門冬湯合麻子仁丸、麦門冬湯合調胃承気湯。

下剤を長期連用し、下利を繰り返すとさらに陰虚となってコーラックなどが効かなくなる。

麦門冬湯加地黄、麦門冬湯合六味丸、味麦地黄丸、麦門冬湯合小建中湯。

麦門冬湯の臨床応用(6)消渇病(糖尿病など)の初期

麦門冬湯は、肺胃の燥熱で発症する糖尿病に応用する。

消渇:しょうかち:しょうかつ:消癉:多飲・多食・多尿の症状が特徴:糖尿病も含む。臓腑燥熱・陰虚火旺して消渇や糖尿病を生ずる。治法は滋陰・潤燥・降火の法。

上消渇の口渇・多飲:白虎加人参湯(やせない糖尿病に使う)、麦門冬湯(やせる)、麦門冬湯合六味丸(やせる糖尿病に使う)。

中消渇の多食(痩せない糖尿病):承気湯類・防風通聖散。

下消渇の多尿:六味丸・味麦地黄丸・八味丸、白虎加人参湯。

陰虚の糖尿病は、やせてくる。

白虎加人参湯(大汗・多尿・大煩渇で多飲:痩せていない糖尿病)。

胃熱があると、咽が乾き、食欲旺盛となり、口臭が出てくる。甘いものは不適で、苦い物(承気湯類・防風通聖散)で胃熱を冷ますと、のぼせや咽の渇きが治まり、糖尿病の血糖値もさがる。

糖尿病の漢方治療には、脾虚や痰飲・肝鬱・肝陽上亢・肝火上炎・胃熱からの陰虚や胃陰虚を目標として治療することになる。

参考

「類聚方広義」尾台榕堂、1856年(安政3年)

「麦門冬湯 消渇にて身熱あり。喘して咽喉利せざる者を治するに、天花粉(括婁根)を加う。大便燥結し、腹微満する者は、調胃承気湯を兼用す。」

麦門冬湯合天花粉

麦門冬湯加地黄

麦門冬湯合六味丸(陰虚・羸痩・口渇の糖尿病)

麦門冬湯合調胃承気湯(腹微満)

参考

「医学衷中参西録・治女科方」清、張錫純ちょうしゃくじゅん、1924年。

「加味麦門冬湯 婦女の倒経を治す。」

倒経:生理のかわりに、鼻衄や肺などから出血すること。

加味麦門冬湯(麦門冬湯去粳米加白芍、牡丹皮、桃仁)
麦門冬湯合桂枝茯苓丸。

加味麦門冬湯は、月経前の咳嗽・喘息・咽喉不快で、月経後に症状が消失する者にも応用する。