気とは
人体の成長・発育・老衰・死亡、疾病の発生・経過は、
すべて気・血・津液・精の運動と変化の結果である。
気・血・津液は全身をめぐり、組織・器官・臓腑の働きの物質的基礎になっている。
逆に、臓腑に病変が生じると、臓腑の気血は失調し、また全身の気血にも影響を及ぼす。
気血弁証では、どの臓腑に病変があるかを弁証する必要がある。
気は、元気・原気・真気ともいう。
元気は、
腎の精気(先天の気)、
食物から脾胃が吸収した水穀の気、
肺が吸入した空気(天空の気)が、
三位合体さんみがったい して、産生される。
気は全身を流れめぐり、存在しないところはない。
気の運動形態は、気機と称され、
昇・降・出・入の四つの形式がある。
臓腑・経絡などは、元気の昇降出入する場所である。
生命活動は、元気の昇降出入という運動である。
臓腑の気:心気・肺気・脾気・胃気・肝気・腎気
経絡の気・・元気が経絡に流布し経気となる。鍼灸でツボ(穴位けつい)に針刺した時に生じる感応を得気とくき・とっき という。
営気えいき・・血とともに脈中をめぐる気。
血液を化生し、血とともに脈中をめぐり全身を栄養する気。
衛気えき・・脈外をめぐる気。臓腑を温め、肌表のあいだをめぐり、腠理そうり(皮膚の汗腺・立毛筋など体表部の組織)の開閉を調節し、皮膚を潤し、外邪の侵入を防止している。
宗気そうき・・胸中の気。その集まる所を気海きかいまたは膻中だんちゅう・たんちゅう という。宗気は音声・呼吸を調節し、心拍動を推進調節して気血を運行する。
気の5つの作用:推動作用・温煦作用・防御作用・気化作用・固摂作用
1.推動作用・・人体の生長・生理活動・新陳代謝を主る。
2.温煦おんく作用・・体温を生じ臓腑の生理活動のエネルギーである。
3.防御作用・・肌表きひょうを保護し外邪の侵入を防御する。
「邪のあつまる所、その気は必ず虚す」とされている。
4.気化作用・・気の運動変化を気化という。血液や津液を飲食物から化生し、津液を運び、汗や尿に変化させるのは気の気化作用である。
5.固摂こせつ作用・・血液を脈中に保つ作用。汗・尿・精液・その他の分泌液を遺尿・滑精などで過度に失なわないように、また、下血・皮下出血をしないように保持する作用。
気の5つの作用(5つ推動・温煦・防御・気化・固摂、を記憶すること)は、相互に関連しており、
腎の蔵する精気(腎気)・肺の吸入する空気(天空の気)・脾胃が運化した水穀の気(穀気・脾気)が三位一体さんみいったい となって元気を生成し、心の拍動と肺の呼吸が元気を運行させ、肝の疏泄機能が気機を調節している。
(気機:気の運動形態で、主に、臓腑や経絡の昇降出入をさす)
(軽い運動で心拍数を少し上げ、運動や呼吸法で元気をめぐらし、頭を空にして心を安定させる適度な爽やかな運動が気機を正常化する)
気の病理的変化
1.気虚ききょ:気虚の主症状は、倦怠無力感・脈が細数で無力:
慢性病(久病きゅうびょう)・老化・先天的に不足・胃腸虚弱で栄養不良・過労(労倦ろうけん)などで気虚が生ずる。
各臓腑の気虚は特徴がある。
肺気虚では息切れ(気短)・声に力がない(語声低微)。
脾胃気虚では食欲不振(食少)・消化不良・軟便下利など。
腎気虚では尿漏れ(遺尿いにょう)・精液の漏れ(滑精かっせい)。
衛気虚えききょ では、汗かき(自汗)・悪風おふう・カゼをひきやすいなど(防御機能低下)。
つまり気虚とは、元気不足・臓腑機能の低下・病邪への抗病力の低下をさす。
肺気虚は「気を主どる」機能の低下。
心気虚は「血脈を主る」機能の低下。
脾胃気虚は脾胃の「運化」機能の低下と「中気下陥」(脾気下陥)。
腎気虚は腎の「精を蔵す」「髄を生ず」「気化」などの機能の低下である。
「気」は「陽」に属すので(血は陰に属す)、気と陽は性質は互いに似て共通症状が多いが、違いは、気虚は寒証がなく、陽虚では寒証(冷えの症状)がみられる。
四肢冷、寒がる、冷や汗、脈遅が、陽虚の寒証である。
気虚の全臓腑に共通症状
倦怠無力感・息切れ・物をいうのがおっくう(気短懶言ランゲン)・動きたがらない・声に力が無い(語声低微)・自汗(衛気虚)・舌質痰~胖(ふとっている)・脈細軟無力
肺気虚「肺は気を主る」
呼吸促迫・息切れ(気短)・物をいうのがおっくう(懶言らんげん)・声に力が無いが顕著(語声低微)・咳嗽・喀痰を伴う。
治法:補益肺気:
補肺湯(人参 黄耆 熟地黄 五味子 紫苑しおん 桑白皮)、
生脈散(人参6 五味子3 麦門冬6)
(黄耆:補気升陽・固表止汗・利水消腫・托毒排膿:皮膚病に使う生薬:補気の要薬:汗を止める)
(五味子:斂肺滋腎・生津せいしん斂汗・渋精止瀉:飛び出す咳を肺を引き締め止める)
(紫苑:辛苦温・辛燥:慢性咳嗽・多痰に止咳化痰:老人の乾咳など肺陰虚の乾咳・口乾には禁忌:止嗽散)
(桑白皮:桑マグワの根の皮:甘・辛・寒:瀉肺平喘・行水消腫・利尿・消炎:肺熱を清し利水消腫す)
(麦門冬:ユリ科ジャノヒゲの塊状根:潤燥生津・化痰止咳:麦門冬湯や生脈散・八仙丸:味麦腎気丸に用いる)
(止嗽散:痰がからみ何日も続く咳:疏風解表・化痰止咳:桔梗 荊芥 紫苑 白前びゃくぜん 各3 百部ひゃくぶ4 陳皮2 炙甘草1:量多では咽がカラカラになる:咳一般に使用・有用薬)
(桔梗:苦辛平:清肺提気・袪痰排膿(化膿を治療する効果:桔梗石膏))
(荊芥・荊芥穂:辛微温:袪風解表・止血・消炎・咽痛には古人は必須とした)
(白前:カガイモ科柳葉白前の根茎とひげ根:辛甘微温:肺経:潤肺・降気・袪痰)
(参考:白前は降気化痰の作用が強く、沙参は滋陰清熱して補益性もあり異なる)
(百部:ビャクブ科百部の塊根:甘苦微温:肺経:止咳・殺虫・抗結核・抗菌)
心気虚「血脈を主る」:息切れ(気短)・疲労感が顕著・脈が結滞(不整脈)~遅~数・動悸・不安感をともなう。
治法と処方:補益心気・養心安神:養心湯・炙甘草湯・参附湯・参附竜牡湯
養心湯(半夏麹はんげぎく 肉桂 酸棗仁 遠志おんじ 五味子 黄耆 人参 甘草 茯苓 茯神 当帰 川芎 柏子仁)
(肉桂:官桂かんけい・桂心けいしん:甘辛大熱:温中補陽・散寒止痛)
(酸棗仁:養肝・寧心・安神あんじん・斂汗:汗は心の液)
(遠志:安神・袪痰・消癰しょうよう)
(五味子:斂肺滋腎・生津せいしん斂汗・渋精止瀉:汗は心の液)
(黄耆:補気升陽・固表止汗・利水消腫・托毒排膿:汗は心の液:補気の主薬)
(茯苓:甘平:利水滲湿・健脾和中・寧心安神)
(柏子仁:寧心安神・潤腸通便・止汗:汗は心の液)
炙甘草湯(益気通陽・滋陰補血:炙甘草3 人参3 桂枝3 麦門冬6 麻子仁3 生地黄しょうじおう6 大棗3:心気陰両虚の胸痛:生脈散・炙甘草湯の加減:脈結代(不整脈)・動悸・息切れの代表処方)
(甘草:健脾益気・緩急止痛・諸薬調和)
(人参:大補元気・安神益智・健脾益気・生津)
(桂枝:辛甘温:発汗解表・温通経脉・通陽化気・通陽利水)
(麦門冬:潤燥生津せいしん・化痰止咳)
(麻子仁:甘平:潤腸通便)
参附湯(人参5 附子4):附子:大辛・大熱・有毒:回陽救逆・温脾腎・散寒止痛
参附竜牡湯を用いる:参附湯に竜骨・牡蠣を加える
脾胃気虚「運化を主る・中気下陥を伴う」:面色萎黄(痰飲・湿の影響)・元気がない・四肢の怠さ(脾は手足を主どる)・食少が顕著。食後腹満感・消化不良・泥状~水様便。
中気下陥では脱肛・頻尿(バス旅行に行けない・いつもトイレを探す:脾腎陽虚)。
脾気虚の治法:健脾益気:四君子湯。
脾陽虚の治法:理中丸(人参 白朮 乾姜 甘草)・
附子理中湯(人参 白朮 乾姜 甘草 附子)。
中気下陥の治法:健脾:補中益気湯・昇陽益気:
補中益気湯:補気健脾・少陽挙陥・甘温除熱:黄耆4 人参4 白朮4 当帰3 陳皮2 大棗2 甘草1.5 柴胡1 乾姜0.5 升麻0.5
腎気虚「精を蔵す・髄を生ず・気化作用」:通常は排尿異常程度。顔色が妙に白い~どす黒い・頭暈・眩暈・耳鳴・面白・難聴・腰や膝がだるく無力・尿量増多・尿後余瀝・精力減退。
腎気不固の治法:固腎渋精:金鎖固精丸・縮泉丸・桑螵蛸散。
(縮泉丸:婦人良方:烏薬 益智仁 山薬)
(辛温:行気止痛・散寒温腎)
(益智仁やくちにん:ショウガ科益智の果実」辛温:脾腎経:補脾温腎・縮尿:脾腎陽虚に)
(縮泉丸加味:烏薬 益智仁 山薬 菟糸子 桑螵蛸)
(菟糸子:ヒルガオ科ハマネナシカズラの成熟種子:辛甘平:肝腎経:補腎益精・明目・止瀉・安胎)
(桑螵蛸そうひょうそう:カマキリ科ハラビロカマキリの巣を炙る:甘鹹平:肝・腎経:補腎・固精・縮尿:桑螵蛸散:夜尿症)
論治
気虚の治療原則は補気(益気)である。
補気薬の
党参(とうじん:キキョウ科ヒカゲツルニンジンの根:甘微温:補中益気)
黄耆(マメ科キバナオウギの根:甘微温:補気升陽・固表止汗・利水消腫・托毒排膿)
炙甘草(しゃかんぞう:補中益気:薬性を調和)
などを用いるほか、脾胃は「後天の本」で元気を早世する臓器であるから、
白朮(甘微苦温:補脾益気・燥湿利水)
茯苓(甘平:利水滲湿・健脾和中・寧心安神)
などの健脾薬を配合する。
四君子湯(補気健脾・利水消腫:人参4 白朮4 茯苓4 甘草1 生姜1 大棗1)が、補気の基本方剤である。
2.気滞きたい(気の流れが滞る)
気は、全身をめぐる流れが円滑であるのが正常状態。
気機の流れ(臓腑や経絡での昇降出入)が部分的に阻滞すると、その臓腑や経絡に病理的変化が生ずる。これを気滞という。
気滞の原因は、精神・情緒の抑鬱・飲食の不摂生・外邪の侵入・外傷など。
気滞の主症状は、局所の疼痛・脹った感じ(脹満・脹痛)が時間的に変化し、痛む場所が移ること。
気虚も気滞を生じうる。
精神的なイライラ・思慮過度・過緊張等で生じる気滞を肝気鬱結という。
肝の昂ぶりによる胸脇の気滞では、胸や脇腹の脹痛。
胃腸の気滞では腹の脹痛。
肝の経絡の気滞では、(生理前の)乳房脹痛や下腹部両側の下墜感など。
排便時の裏急后重も大腸気滞である。
「通ぜざればすなわち痛む」という原則。
(裏急后重りきゅうこうじゅう:頻繁に便意を催すが、すっきり出ず、肛門部の急迫様疼痛に苦しむ状態。原因の多くは湿熱・肝鬱気滞)
気滞の疼痛の特徴
時間で増減し、精神的な影響で生じ、部位が移り、発作的な痛み(攻痛)、遊走性疼痛(竄痛ざんつう)。(竄ザン:穴にネズミがこそこそ隠れるさま)・脹悶は胸悶・腹脹としてみられ、ゲップやガスで一時的に軽減。時に腹部に腫塊ができるが按ずると軟らかく特定できず、出没する。
気滞のよくみられる病:胃腸神経症・慢性胃炎・慢性腸炎・胃十二指腸潰瘍・胆道疾患(胆道ジスキネジア・胆石)・慢性肝炎など。
3.気逆きぎゃく・気陥きかん
肺気・胃気は下降が正常だが、下降できないと上逆する。
肺気の上逆(気逆)では、咳嗽・呼吸困難が生ずる。
胃気の上逆(気逆)では悪心・嘔吐・噯気アイキ(げっぷ)・吃逆キツギャク(しゃっくり)がみられる。気逆は気滞の一種。
気陥は脾虚でよくみられる。脾気は上昇が正常状態。
脾気下陥(中気下陥:補中益気湯)では、
身体上部では頭のふらつきや眩暈(頭目眩暈)、
身体中部では腹の脹満やつかえ(虚満)、
身体下部では慢性の泥状便や失禁(久瀉滑脱)・子宮下垂など、昇挙無力の症状で気虚の範疇。
気滞・気逆の治療原則は理気・行気・降気である。
理気薬菅
香附子(浜菅の根:辛微苦平:疏肝理気・調経止痛)
木香(キク科インド木香の根:辛苦温:行気止痛)
枳穀(ミカン科の成熟果実:苦酸微寒:行気寛中)
陳皮(柑桔カンキツの果皮:辛苦温:理気健脾・燥湿化痰)
などは各種気滞に用いられ、特に胃腸気滞に適する。
肝気鬱結や肝経気滞には(柴胡+白芍:肝気鬱結の基本型)
青皮じょうひ・せいひ(苦辛温:行気・疏肝破気・散積化滞・虚寒:ミカン科の温州蜜柑などの成熟する前の果皮)
鬱金うこん(ショウガ科姜黄、鬱金の塊根:辛苦涼:疏肝理気・解鬱袪瘀・止痛・健胃・利胆)
川楝子せんれんし・金鈴子・苦楝子(センダン科トウセンダンの成熟果実::苦寒:理気止痛・殺虫)
が用いられる。
理気薬とともに、柴胡(解表・解熱・疏肝解鬱・升挙)などの疏肝薬を配合し、疏肝理気と称している。
疏肝理気の方剤
四逆散(疏肝解鬱・理気止痛・透熱:柴胡 白芍 枳実 甘草)
柴胡疏肝散(疏肝解鬱・理気止痛・活血:柴胡6 白芍3 枳穀2 香附子3 川芎3 炙甘草2):胃痛に+左金丸(清肝瀉火・和胃降逆:黄連6 呉茱萸1)
逍遙散(柴胡3 白芍3 当帰2 白朮3 茯苓3 生姜3 炙甘草2 薄荷1)
柴胡桂枝湯(和解半表半裏・解表・疏肝解鬱・補気健脾・和胃止嘔:胃痛に適用)
大柴胡湯(和解半表半裏・瀉下熱結・疏肝解鬱・理気止嘔・清熱瀉下:柴胡6 黄芩3 白芍3 半夏4 生姜4 大棗3 枳実2 大黄1)
(半夏厚朴湯:理気化痰:半夏6 厚朴3 茯苓5 生姜4 紫蘇葉2)
(香蘇散:理気和胃・理気解表:妊娠時の風邪薬:香附子4 紫蘇葉1 陳皮2 甘草1 生姜3)
(肺気上逆の喘息に蘇子降気湯:和剤局方:寒痰喘咳に降気平喘・温化痰湿:蘇子3 前胡3 半夏4 生姜1 桂枝3 厚朴3 陳皮3 当帰3 甘草1)
(紫蘇子・蘇子:チリメンジソの種子:辛温:下気定喘・止咳消痰・寛胸解鬱)
(前胡ぜんこ:セリ科白花前胡の根:苦辛微寒:下気化痰・疏散風熱:風熱が原因の咳・痰を止める)
(小半夏加茯苓湯:和胃降逆・化痰利水:半夏6 生姜6 茯苓5:痰飲の胃気上逆に適し、陰虚には燥性が強く不適)
(肝気上逆の釣藤散(脾胃気虚・痰湿の肝陽化風に:平肝潜陽・明目・補気健脾・化痰:釣藤鈎5 菊花5 防風5 石膏10(先煮)人参2 麦門冬5 茯苓5 半夏5 陳皮5 甘草2 生姜2)
(釣藤鈎:平肝止痙・鎮静・てんかん発作の抑制)
(防風:セリ科防風の根:辛甘微温:膀胱肝脾経:辛甘微温:袪風解表・袪湿解痙・止瀉止血:発汗・解熱・鎮痛:袪風の主薬:痛瀉要方)
(痛瀉要方:景岳全書:平肝止痛・健脾止瀉:防風3 白朮3 白芍4 陳皮2:肝脾不和の腹鳴・腹痛して下痢に適応)
(痛瀉要方:健脾利水の白朮・平肝止痛の白芍・理気の陳皮・袪風の防風からなっている)
参考:沙参(浜防風)vs.防風
(沙参:セリ科浜防風の根:甘苦微寒:肺・腎経:養陰清肺・清虚熱・潤燥止咳:肺を潤す生薬)